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現実感 ―Schema

2005年12月2日18:27受信
■関西地区葬儀社から誤送信FAX ―室内会話が数点反映
<偶然過多な不審点>
FAXに記された宛名が、その朝会話中に触れた知人と同一姓だった点(カタカナ)
当日朝室内でおどけて、「関西弁」を口真似て会話していた。
その日の夕刻、「関西」から誤送信FAXされた点。
I埒海忙廚ぁ∩魑啓劼北笋す腓錣擦燭箸海蹇◆嵜甘たりが無い」との弁。
NTTへ連絡し、「関西」から「藤沢市」への誤送信FAXについて問い合わせたが、
「通常はありえない」とのこと。※送信先も着信番号も印字された場所とは異なる点
ジ気料信先市街地局番が「0727」。藤沢市は「0466」。
番号の単純な打ち間違いだとは考えにくい。
Α歹団蠍朕佑亡悗錣訃霾鵑里燭甬入見送り−等々から、人為性悪意の観点を意識。
自宅周辺における各種異変が露骨化してきた時期※とも交差。
以上の不審点が当時の記録から伺える。
※例えば、表札が出ているのにもかかわらず、私の友人の姓を訪ねてきたりするといったことなどが、
それとなく目立ち始めていた時期。

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現実感―Schema

人の現実感を形成しているのは、知識という流動的であいまいなもの。
昨日までは「AからC」までの知識をもとにして、身の回りの出来事を捉えてきた。
しかし翌日には、「AからC」そこから更に先にある「DからE」までの知識を得たことで、
「AからE」まで拡大した、知識の集合によるものの見方が、
現状に対する認識の変化を促していく。
ある日には、「AからE」のうちの、「B」に矛盾を感じて差っ引いてみては、
再び戻してみたりする。
そして、「E」から先にあるものが、再びその総体的な認識をより強固にしていく―

つまり、そんな知識咀嚼の繰り返しというものが、その人固有の、
ばらつきのある現実感を形作っていくということをあらためて思い返してみれば、
昨日までは存在するはずは無いと思い込んでいたものが、
ある物事を知ることによって、以前から実は存在していたけれど、
それまでの自分には単に見えないでいただけに過ぎなかった、
ということに対する理解も、押し付けではないことがわかるはずで、

心理的に人を追い込み、悪びれずにはぐらかしていくといった、
利権延命的に歪曲された秩序の実態、
ここに暮らす一般者の、現状認識を様々に分け隔たせているものもまた同様に、
実感や体感に対する主観、客観的な情報による裏付けをもった認知、
スキーマに他ならない。


戦争で突然家族をすべて失ったイラクの男性が、
日本取材班の現地インタビューの中で、
浅い溜息のように吐きだした言葉が頭を過ぎる。
「この世の中で起きうるすべての不幸は、いつ自分の身に振りかかってきても不思議じゃないことがわかった」

地下鉄サリン宗教テロ事件の日本人被害者の女性が声を震わせながら、
米国メディア制作番組の中で語っていたこと、
「TVの中の出来事は、これまではすべて他人事でした」

自身の現実感というものが、何を根拠にして形成されているのか、きたのかを、
速やかに見つめなおして見る必要があることを、
この一連の不快な実態調査を続けていく過程で改めて感じている。
安穏さの中ですっかり退化した本能を揺り起こして、そして、
危機的な状況を直感的に感じ取るためには、
実害感によるスキーマの新陳代謝がなければならないのか?

Ⓒwindyjuly

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Appeal at midnight―深夜の訴え

Documentary Video―  Appeal at midnight―深夜の訴え
http://jp.youtube.com/watch?v=fxl9xRRWPRA



メンタリティハラスメント―匿名近隣者による通報歴(プライバシーの侵害) 
2006年12月12日
2007年2月9日
2007年2月13日
2007年10月30日
2007年10月31日


2006年12月12日夜
自宅から数メートル程の所を歩行中、三名の警官から職務質問。
懐中電灯を持って歩く怪しい男がいると、通報を受けたとのこと。
私は連れと待ち合わせていた場所へと向かう最中だった。

2007年 2月 9日夜
ポストには、警官が投かんした近隣者による苦情の代筆書面。
夜半過ぎ、再度警官が訪問、注意を促される。

2007年 2月13日夜
苦情から四日後、敷地内をうろうろし、私の名を呼び続け、
ドアを叩いていたのは警官だった。
自宅前を通りがかったら何か音がしたから、というのが訪問理由で、
ドア越しのやり取りの中で、戸別訪問だともいい、私に質問を始めた。

2007年10月30日夜
この日、警官が訪問した理由は、
近隣者からの騒音苦情を受けてとのことだった。
その数時間後の深夜、再び二人の警官が、近隣からの苦情を受けて姿を現したのは、
2007年10月31日

※これらで直接訪問された警官の方々は、
一部の不審点を省けば、基本的に紳士的な方々であったことを追記しておく。



「生活安全条例と防犯ネットワークの私的乱用」

こうした経緯から耐えかねて、プライバシーを侵害する執拗な匿名通報者を、
私はその夜、公然と問い詰めた。
私は周囲への配慮を踏み越え、自分の主張を吐露した。
無論周りは見えていたし、証拠の残る形でのいやがらせを確認するに至るまで、
日本人の多くがそうであるように、近隣者への配慮を無意識的に持って暮らしてきたし、今でも基本的なスタンスは変わっていない。

ネットワークストーキングの問題を調べていけば、
必然的に目に触れるのは、
被害を訴えるならばその基準を示し、計測で根拠を示せ、
それでなければ精神的な問題だとする声が、
ネットワークストーキング主張者へ、
ぶつけられている様子を伺うことができる。

しかし、自分たちのネットワーク内ではそれらを必要としないかのように、
一方的に通報してしまえる集団的有力性コネクションに属していれさえすれば、
目を付けた個人に対して、口裏を合わせ、数のみを根拠に通報していく道筋を得ていく。それだから、パーソナルアタックという合法的個人攻撃の実際を、
暗黙のうちに推進させていけるのだろう。

これらを根拠づけた推察として、生活安全条例による防犯ネットワークといった、
法律知識の薄弱な自警団的住民による、監視行為の弊害がすでに指摘されてきている。
つまり、プライバシーの侵害、委託権限の私的乱用に対する懸念。
明大教授氏からも数年前から、こうした乱用懸念を示唆されてきているし、
その他には、斉藤貴男氏による「不屈のために」という書籍等においても、
監視社会の弊害的作用についての言及がある。


「執拗な通報と横のつながり」

自宅から数分のところを懐中電灯を持って、
連れとの待ち合わせ先に向かって歩いていれば、
匿名有力隣人から通報され、自宅前にもかかわらず三名の警官に囲まれて、
身体検査と免許証の提示、そして個人情報を求められる。

夜外出時にハンドライトを持つ必要があったのは、
私のサイドを猛スピードで走り去っていく車両や、
日曜日の夜半にも関わらず、
蛇行運転で真横を通過していく郵便局の配達バイク他、
住宅街の細道とは思えない暴走車両などと、
やたらと頻繁に遭遇するようになっていたからだった。
一度は、私の来ていたコートをサイドミラーが軽くかすめていったことさえあったが、
当時の無警戒な状態も手伝って、
暗がりで拉げたナンバープレートを読み取ることができなかった。


私はこの場に示すまでもなく、これまで合法的に生活者してきて前科なども無い。
政治活動や、もちろん国家転覆を狙うかのようなテロ工作活動などもしたことがない。
それが気づけば玄関先に紙屑やゴミ片がばら撒かれるようになり、
不審なFAXや郵便物の開封など、挙げだせばきりのない匿名迷惑行為が、
自身の生活圏内において目立つようになっていった実情がある。

こんな人物に目をつけるかのごとく、
これまで執拗にメンタリティハラスメント挙動を繰り返してきた、
地元有力者層をはじめとする、前述の静かなネットワークが、
私の周囲に取り巻く、横のつながりがあることをここに示しておきたい。

そうした背景のもと、
室内で流す「音」がいくらか「漏れている」程度のことで、
勝手に迷惑だと過剰反応しているだけで、再三に渡り警察を呼びつける。
それこそ、「被害妄想」じゃないのか。
匿名通報者が耳障りなのは、そのボリュームでないことは、
これまで周囲での深夜宴会に対する無反応や、
転居当時、近隣者宅からほぼ終日流れ出ていた、
時に、ガソリンスタンド並の音楽への無対応などからも理解することができる。
彼らに対する挑発も侵害も、誹謗中傷も一切私はしていなかった。
逆にそれらは、一方的な彼らからのふるまいであったことは、
記録的に提示することができる。

実際は、私の自室から漏れる音に対するクレームではなく、
ネットワークストーキングに関する情報や、
彼ら自身の不快なふるまい記録を含んだBGMが、
私の敷地内で暴音レベルにないボリュームを耳障りだとして通報したのだろう。
ウーハーなどを使用して、ドカドカと誇張しているものでもない。
明らかなプライバシー領域への干渉である。
正当に論駁できるはずはない。
それは彼ら自身が散々行ってきた自らの行為を、
「鏡」で見せつけられてしまうことになるからだ。

プライバシーへの干渉行為を、自ら露呈させ示すことを回避させるべく、
自分たちの行為を示す内容には一切言及せず、「音のボリューム」として置き換え誇張した、偽善的な通報であると、解釈している。
つまり、自身の迷惑行為すら、対象者に擦り付け、
自らは依然、社会的な立場を保とうとする浅ましさがちらついている。
マリー氏が示す、モラルハラスメント気質者の性質と特徴が、
こうにも一致し該当するものかとも思う。

不快だからといって、基準も実害根拠も示さず、
「ただ迷惑だ」と口裏を合わせた抽象的主観にのみ委ね、
被害として通報するのならば、
それこそが「被害妄想」であり、「プライバシーの干渉」なのではないかと考える。
激昂を抑えてここに心境を記せば、
自分たちが以前、固有名詞を省き、
ニヤツキながら自宅前で言い放ってきたその言葉を、
そのまま玄関先に置いておきたいくらいである。


おそらく彼らにとっては、通報した既成事実が重要なのだろう。
社会的にはその事実が何よりもの「証明」として、
事が起きた際に、世論へ示すことができるからだ。

「再三の注意によっても改善されなかったため、やむを得ず逮捕―」
こんなニュースが最近どこかであったことを思い出している。
奈良での騒音問題も頭をかすめていった。

明らかに私は、干渉過多な気質者にプライバシーを侵害されている。
そのことは今回、これら一連の通報歴によっても、
彼らの性質を示すことになりえると確信する。

配慮を前提としたスタンスにおいて、
周囲への配慮をどうしても越えなけらばならない時が、
そうせざるを得ないその人その人の状況というものが、
誰にでもあるのではないか。

そうした経緯において蓄積されてきた心情の一端、その吐露が、その晩、
声を押し殺せずにいられなかった理由だった。

Ⓒwindyjuly
e-mail: julywings●gmail.com  (●=@)


Documentary Video 「騒がしい空」―The noisy sky
http://jp.youtube.com/watch?v=axNmDWWDUPA

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Conversation in front of home ― 「Has that died? Did you kill again?」

>市街を歩行中、闇空のサーチライトは私の足元をかすめ照らしていった
Movie 騒がしい空―The noisy sky
http://video.google.com/videoplay?docid=3644835952031512964


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Conversation in front of home ― 「Has that died? Did you kill again?」
自宅前での会話 「死んだの?また殺しちゃったのね?」



去る10月10日の朝方。
自宅前でのある会話が記録に残っていた。
無論、これをもって「実害だ!」と訴えるわけではない。
これまでの周辺各情報収集の経緯から蓄積された知識を組みあげ、
そうした仮説を前提に踏まえてみれば必然的に、
それはGang Stalking層の計略にはまり込むことを示す推察に落ち着く。

いくらなんでも不謹慎ではないだろうか―
「死んだの?また殺しちゃったのね?ハハハ」

この言葉の前後、そしてこの言葉から広がる裾野や背景というものを、
当事者以外が知らないのは当然だが、
この言葉の前に、蝿でも蚊でも、ゴキブリとでもつけさえすれば、
いくらでも真意をはぐらかし、言い逃れることも可能だということがわかる。
この点を彼らはしっかり押さえているから、
非合法性的な一般社会指摘から距離を置くことができるのだ。
道徳観、倫理観すらもたくみに悪意に取り込んで、
「あら、そんなつもりはないですよ」と。

いい大人、しかも社会的に有力な立場を有している方の、戸外における会話である。
私はこの一点、言葉じりを捕らえて指摘しているのではない。
この実態、これまでの周辺背景、
経緯を指し示す必要性がこの一点に存在しているのではないかと、
苦痛に苛まれ、原因を探し続ける人々に伝えたいと思っているだけだ。

なぜ、何十年もありきたりにやり過ごしてきた現象に対し、
不快感とともに他意性を意識する人々が蔓延し始めているのか?
精神的疾患という狭義に箱詰めされ、
そこに押し込められてしまえば処理できる問題ではなく、

これが、人間であれば正常な反応の末に形成されていく心身的呼応性質であることを、
未だ実害感のない人、そしてリアルな実害に囲い込まれている人々へ伝えようと考えた。

こうした人間心理を、主体思想の基に肯定する存在が、
この国内の人々の、まさか、という「懐疑心」の中に姿を隠していることを、
そして日々、犠牲者が連なっていることを、もう一歩突っ込んで知り得なければならないと、国内自殺者の統計表を見据えながらもそう思う。
この世に生き残る人々は、この推移をどう感じ捉えるだろうか?

精神的な疾患でも、被害妄想でもなく、それを否定する根拠は、
いやがらせの実態蔓延とその物証、
そうした指摘に誘導していこうとする者たちの、横のつながり、
そして論理的矛盾とによって示すことができる。

その論拠に対して、
一般者に最終的に立ちはだかるのものは、有力構造層の盾である。
利権構造としての障壁である、と言い換えてもいい。特権層の壁。
彼らにとって、自分たちの矛盾を示す者は、その論理整合性などどうでもいいのだ。
それをどうでもいいとすることができるだけの、
一般層が持ち合わせてはいない力を誇示するかのように。


このGangStalking指摘を調べていけば、
必然的にカルトストーキングネットワークに接触することになる。
そう、フランスなどではカルト団体として認識されている宗教法人他、諸団体。
これだけの指摘が溢れているなか、公然と彼らは、
それらを否定する見解を示しているのだろうか?
指摘には更なるいやがらせで対応している様子が、人々の声から届いてくるし、
周囲ではそれら証言と、無為同質のメンタリティハラスメントが転がっている。

ある国が拉致問題に対してそうしてきたように、
無反応に徹しているだけで、それは実は、無視というはぐらかしなのではないのか?
証拠を残さず痛撃を与えることのできる、低周波・高周波、レーザー、メーザー、
音波、電波、電磁波といった電磁気的、痛撃転用可能技術機材が流出しており、
隠し持っているとする指摘や憶測は様々に飛び交っている。
それら大衆の憶測を支えているものは、
それだけの組織力、資金力、そして折伏といった手法による強制マインドコントロール、攻撃的な大勢やその歴史的俯瞰に基づいているのではないか。
個敵に狙いを定め、集団的な組織力の統一化を図る。
しかしこのことは、在日特権や同和問題といった半ばタブー視された領域にあるためか、わざわざ平穏な生活者が突っつくことはないことは自明の理である。
指摘は差別ではなく、矛盾点に対する違和感である。
そして一部のジャーナリスト有志は、ここに問題の根があると指先を向けている。
公開情報内でもがき続ける人々に彼らは、
ほのめかしではなく、「問いへのヒント」を投げかけてくれている。

話を身辺に戻すが、
この嫌悪感を巧みにはぐらかしつつも投げつけてくる一家をはじめとする、
一部の利権ネットワーク住民から、
これまでにもさまざまな形で精神的な被害を受けてきたこと。
いつでもその確証を公開するいくつかの準備を済ませることができた。
私は何ひとつ、彼らに対する侵害行為も、侮辱行為も、迷惑行為もしていなかったと断言する。
そんな経緯の中、心理的に憔悴から脱したある日を境にして、
私の身体や頭部は、苦痛にさらされている自覚がある。

それは世間的既知のものから例えていえば、
電磁波過敏症や、低周波振動的な不快感として示すことができるだろう。
不定愁訴感、これらがもし生体自然発生的な病状であったとするならば、
どうしてその前後に、いやがらせが行われてきたというのだろうか?
これが病気なら、
なぜゴミ屑を投げ入れる者や、
ポストを覗き込む輩などの行為が記録に残るのか?
なぜ、面識もない一部の者が玄関先の柵に腕をかけて、嗚咽を繰り返す記録が残るのか?
これが、インターネットで表層化し明らかになった、
この国に巣食う社会精神的構造、その一端なのか?

証拠の残らず、身体に痛撃を与える技術がまるで存在するかのように。
まるでそれは、軍需技術の民間漏えいと利権享受のように。
まるで、情報格差の基に広がる優越感のように。

誹謗中傷、嘲笑、そしてほのめかし。
私の人生は確実に縮められている、
そうした可能性を示す根拠をばらまき続けていくしか、道筋はないようだ。
歪められてきた短からぬ時間を、気のせいで受け流してしまうのではなく、
物証をもって正常な心理的な反応であることを示すことは、
それを頭から否定してやろうといった、
意固地で計略的意図を持たない柔軟な方々に対してであれば、
いくらでも同意を受けることができることは実証済みだ。

私自身もいつの日か、彼ら人脈によって、
ある日の苦痛に苛まれ、弾きだされた言質をもとに、
あらかじめ計略化されたシナリオの中で、
迷惑者や犯罪者などとして、
でっちあげられた事態に誘導される可能性があることも、
少なからぬ助言や証言からも理解している。
現実に数度、そのうような状況に囲い込まれたこともあり、その矛盾した記録も残っている。
この街の住人の多くもまた、生活安全条例による防犯ネットワーク構成的なつながりがある。
その構成員には、宗教関係者もいれば、在日層などもいることがわかっている。
そして公安による活動費を土壌、背景にして、
そこに利権という沼に手を突っ込む人々がいることは、推察だが見えてきてはいる。

これらネットワークは本来、
非合法的な人物に対する犯罪抑止の観点から構成されることが建前にあっても、
実害無き一般者には、この私的悪用に対する理解も興味も派生しない現況がある。
このことは、歴史的な背景からも読み取れる。

自宅前で「死んじゃったの?また殺しちゃったの?」などと会話をはじめる人物も、
カルトに高笑い騒ぎ立てる輩も、
そうした横の繋がり、ストーキングネットワーク構造にしっかりと根付く、
地元の有力者であるし、
彼らが人々のプライベートを弄んでいる根拠を示すこともできる。
時に不快感をありきたりで日常的な態度を誇張することで、
一般者にさとられることなく示し、
狙い澄まし条件づけた相手の反応を、
「合法的残虐性」のもとで、口元を歪ませている。

時に、blogの記載内容から、
私の反応パターンを読みとって、メンタリティハラスメントに反映させていく。
違和感の残った突発的工事を試しに記録に示してみれば、読み通り、
数日後、彼らの玄関先では騒音工事がはじまり、
http://silentbellwindy.blogspot.com/2007/10/unnatural-point-to-have-caused-doubt.html
一か月前に行っていた全く同じ場所で、なぜか再び水道工事がはじまるといった、
懐疑的に受け止めざるを得ない環境を構築しておきつつ、違和感を誘導派生させ、
「被害自覚」の強化を目論み、統合失調症、被害妄想者として陥らせていく、
といった手合いが構成されていく。

このネットワークストーキングに対する世論への危惧伝達を、
スポンサーに回収されて身動きの取れない高給マスコミ人員には期待できないことを理解し、さまざまな人々が、苦痛と揶揄に取り囲まれて、
時に自身のプライベートをネタとしてメディアに売り込まれ、侮辱受けながら続けている。
そしてその過程における障害としての、精神医学的な介入。
これは精神医学を否定するのではなく、
不快感自覚証言者の周辺実態の検証の希薄さをもって、障害であると指摘するものであり、さらなる発展性を阻害する意見ではないことを付け加えておきたい。

やはりネットでの情報は、リアルな影響を及ぼさないのではないか、そう嘆いた友もいる。それでも具体化していく方法を諦めずに、と言ったら、再び彼は苦笑いを取り戻した。

ここで記す内容はすべて、実態はさておき、本来この情報を必要としていない人々と、
そして迫害苦痛に苛まれ、方向感を失った人々に示すものである。
迫害妄想と、迫害行為の意味を混同することなく、実態を知り、
それら心理的工作等による実害を認識し、主張を示す方々の志に共振したものである。
blogやサイトを構成し、更新を続ける人々への呼応である。

そうした人々が邪険にされ、主張をネット内にのみ押し込められ、
社会的支援を受けられていない現状の放任こそが、
迫害作用の一端を示していると、私は思うようになった。

自分自身が抱える問題と、自身を囲い込む問題との狭間でもがく人々へ。
迫害行為者、及び特権意識で満たされ、
他者を見下すような精神性を形成し、
野放しにして嘲笑う者のすべては関心の外にある。

それでしつこくもつきまとってくる者たちを、国内外では何と呼ばれているか?


                              Ⓒwindyjuly

実際の動画(音声)ファイル―
http://video.google.com/videoplay?docid=8790288201917979012
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ご質問―いやがらせに困っています
ご質問
精神的な嫌がらせをされて困ってます。
仕事中人の顔を見て咳きこんできたり
私の趣味の話をしながら中傷してきたりする方がいて、
嫌な顔すると少し嬉しそうにしてるんです。
どうすればいいのかわかりません。


最近、こうした人々が指摘され始めるようになりました。
これは、モラル・ハラスメントとやブリングと呼ばれる、
心理的でしたたかに人を追い詰める嫌がらせとして知られています。
こうしたハラスメントに対して、
ヨーロッパなどでは立法的な取り組みが図られてきておりますが、
国内では叩き台にすら上がっていないようです。
むしろ、こうした嫌がらせを訴えていても、
被害妄想的な症状として受け流されていくとする報告が多くみられます。

私自身も周囲からの陰湿な計らいの一端を目撃し、記録化し納めてきた者ですから、
こうした嫌がらせ気質者の存在は、痛切にかつ肯定的に認識してきております。

おそらく、陰湿な嫌がらせを行ってくる方というのは、サディスティックな性的傾倒があると推測されます。それは、同意もないのに(非マゾヒスト者)に対してであっても、拘束的な束縛を要求し、他者の意見を排除する傾向にあり、止めてほしいという意思表示をしたとしても、それはむしろ、前者の欲求を刺激してしまう傾向にあることが、フロイドや、マリー氏などからみえる、加害行為者に対する精神分析的な文献などからも、推察を束ねることができるように考えてきております。
独裁者気質といいますか、ナチズムへ通ずる権力論への繋がりや、拷問史といったサディスティックな精神的史実からも、接点を観ることができる可能性がありそうです。

しかしこの部分は、支配論へとも進路を向けるものでもありますので、十分な研究も必要になってくるかもしれません。

いずれにしても、意思表示をしても、精神的な嫌がらせ行為を止めない、例えて言えば、口から飛びだす鞭でこっそり叩きながらも、叩いてなんていないだろ、といったはぐらかし意識や、誹謗や中傷で、人を密かに甚振る精神的な気質にも、こうしたサディスティックな性的な傾倒が人格から表出しているともいえるかも知れません。

ここで述べてきたサディスティックな性的傾倒に対する問題は、
社会的環境から受けたストレスや、潜在的な欲求に対する深層的な抑圧が、
増長させていった精神性であるともいえると思いますが、

こうした気質を社会や社内で、野放しにしていては、それを受ける良識な方々はたまったものではありません。打つのも打たれるのも趣味ではないのに、サディズムの過度の膨張が物語るのは、あなたが受けている精神的嫌がらせとして、有形化しつつある社会的な問題として、今後一層の社会的議論が必要と思う一人です。

良識者への悪害をもたらすサディズム気質を、立法的に縛りつけることは、更なる抑圧を与えてしまう可能性もありますが、精神的な嫌がらせを、個人に対して行っているとした報告がある以上は、これらの問題を遊び半分で扱うべきではなく、こうした「透明な鞭」を規制する必要があるはずだと考えております。


Copyright(C) 2007-2008 windyjuly. All Rights Reserved.





ブライティングシーン(Brighting scene)
照度の高い光の点滅や、パッシングなどによって、標的者周囲を挑発するとされるシーン例。



ご質問
近所の一部の方々に、私の行動に合わせて大きな音を立てたりする人がいます。
子供の送り迎えの際にも、ものすごい形相で布団を叩きながら睨んでくる
おばさんもいて、困っています。同じ問題に悩む人も多くいましたが、
何とかなりませんでしょうか。



単純に精神的いやがらせ気質者が、
目をつけた人にいやがらせしていると考えるのが一般的だと思います。
精神医学的な見地から調べていくと、
ありきたりな日常的性質の出来事を被害として訴え出すことにより、
妄想的診断を受ける可能性が高く、通例になっているようです。
またもうひとつの可能性として挙げられるものに、
欧米他各国で被害の声があるギャングストーキングと呼ばれる、
精神的ないやがらせとネットワークによるつきまといという、
監視示唆的な行為があります。

これは、利権構造化におけるネットワークストーキング行為としての指摘も、
少なからず確認することができます。
しかしこれら指摘そのものを含めて、
公的かつ一般認識になるまでには至っておりません。
今後一般化するとすれば、ハラスメント気質者の行為の検証は忌避され、
被害妄想とした部分を強調した形で、広まっていく可能性が高いでしょう。
この存在そのものが懐疑的に揶揄されているのが現状です。

身近なできごとがまさか、とはお思いになられることだと思いますが、
それゆえに、ネットワーク構造の連鎖的な視点が必須になってくると思います。

モラルハラスメントといういやがらせ気質者による、
個人資質的な問題のみであれば、
転居などでの解決方法もあるのでしょうが、後者の場合、
多くの実害経験者の方々による証言によって明らかになりつつありますが、
公権的要素を含んだ利権ネットワークが関わる可能性を否定できないことから、
転出先でも同様の関係者によってハラスメントを受け、
日本他各国で苦しんでいる人々がたくさんいることがわかると思います。
しかし、問題の性質上、断定化は簡易ではないことを、
様々に調べを進めてきたなかで認識しております。

ただし、あまり後者の被害意識を公言していても、周囲のネットワーク人脈から、
被害妄想や、統合失調症としての風評を流布され、
同時に病院診断を勧めてくるとしたパターンが、
蔓延っている実態が同一証言によって確認されているので、
優先すべきこととして、
不自然な挙動の違和感を証明するための証拠を取り集め、
第三者に対し、内心的な問題ではなく、外部不快行為に起因した、
正常な心理的反応であることを提示できるだけの、
物証を確保する必要があると思っています。

自分では理解できても、それを見る人の目には、
前後の周辺環境や、背景などが読み取れないと思いますので、
集めた証拠の提示方法の見せ方などを考えていく工夫もまた、
大切になってくるのではと思っています。

これは、同種の違和感を自覚する国内、海外の方々の談にもありましたが、
公権、宗教的な問題や、北朝鮮拉致問題に関わる工作員が、
スパイ化している可能性を示唆する声も少なくないので、
警察が積極的に介入してくれない以上、再度自主防犯面を見直してください。

ちなみに仮に被害届を受理してもらったとしても、法的規定があるわけではなく、
国家公安委員会規則「犯罪捜査規範」に「被害届の受理」という、
項目があるに過ぎません。

捜査が積極的に行われるかどうかは、
担当課長による判断に左右される可能性が高いと聞いております。
そうした現況があるので、
単純ないやがらせにしろ、ギャングストーキングであったとしても、
深刻な状況であるならば、
迷惑行為に対する告訴を前提とした資料収集を検討してください。

                      Ⓒwindyjuly


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Reply
嫌がらせ、大変かと思います。
私の方も、何かとあります。
今日も入用で市内に買い物へ出かけたところ、
見知らぬ人物からすれ違いざまに、
「こいつ、よく歩いていられるな」とか、
人の顔を見ながらですね、
「ゲホゲホ」と、まるで蛙のように繰り返してくる、
デリカシーに欠けた方々をお見受けするたびに、
心を痛めております。
もちろん、それらが私に向けられたものではないにしても、
店員が薄笑いを浮かべて、レシートを放り投げるようにして渡す行為などというものは、
人の不快感を誘発させるものでありますし、何とも解せない気分になります。
国内の鬱積した気分、その一面に今日も触れた思いがします。


さて、風雨強い今日、市の広報誌を目にしたところ、
防犯意図を目的としたGPS通信の記事が紹介されておりました。
以前、「歩いていると、ケイタイに情報が送られてくるんだ」と、
私の顔をちらりと見ながら過ぎていく、可愛げのない子供のことを思い出しました。
もしも、このシステムを悪用すれば、噂されている社会迫害的行為も可能となります。
しばし考えを巡らし、やはり、迫害を認識されている多くの方々の推論は、
的を得ていると思われました。
しかしまだ、実害の実証化にはそれ相応の時間と尽力が必要でしょう。
その実感は原爆認定の問題に触れたときに、強化されました。

NHKにて先日、原爆認定を国から受けれずのまま、ご主人を亡くされたご婦人の涙を画面にて拝見いたしました。遺影の前で語られる気丈な言葉から、苦境下を共に連れ添ってきた想いと無念さが胸中に達し、しばし言葉を失いました。

私も辛くなった時には、自分から被害意識を摘まみ取り、
この国、国外、そして過去にも、認められずに消えていった苦境というものを想像する中で、虚しさや心身的な苦痛といったものを、生きるための活力として受け止め直し、
虐げられる存在というものを、直視していこうと思います。

引き続き、私のスタンスで調査を続けていきながら、
自分が解決すべき問題に取り組んでまいりたいと思っております。
お身体にはくれぐれも、お気をつけください。

20 March,2008 windyjuly



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実害認識者様への返信を兼ねて記しておきます。


 これまでのブログ・Webなどでの言及は、身辺におけるハラスメント行為の人為的不審性を問う各証言を、軽蔑否定しないことを前提に、述べてきております。
 また自身としても、自宅周囲における、突然の不自然ないたずら多発や、いやがらせといった違和感を、客観的確証と共に有しているため、この潜在的社会問題性要素の濃い状況に対する考察を展開しております。
 各国類似状況にある方々の情勢を俯瞰していく中で、有力層組織関与(指摘が多く見受けられる各所公安関係や創価学会、統一教会といった有力宗教団体、防衛省の関与、あるいは北朝鮮有力層に付随した関連団体や、各種大学他研究機関など)が取り沙汰されていることは、ご存じのとおりだと思います。また、背景にあるとされる利害、利権構造に対する指摘も、一部ジャーナリストから挙がっていることも知られているとおりです。
 そうした状況を踏まえつつも、やみくもな断定化や乱発は法的側面及び道徳的概念に留意した上で控え、しかし視察を進めていくにしたがい、何らかの形で接触してくことは否めません。(一部の方々のフォローとアドバイスにも配慮して)この場でお伝えできる情報はここまでとさせていただきます。

 自身も身体に発生する強弱かつ不自然に移動する痺れや痛みが、貴殿と同様昨年から継続しています。ジャーナリスト氏による有害電磁波の危険性に触れた書籍が手元にあったことから、その際電磁波過敏症の発症ではないかと考え、専門氏に問い合わせ、症状との関連性を尋ねてみましたが、急激に痛みが発生し移動するような発症例は聞いたことがないとのことでありました。
 内因的な病気ではないという実感に確信と根拠があるため、その発生的性質と、前後における近隣からのハラスメント状況との勘案から、electromagunetic gunや、ultra sonic pistolといった数百ドル程で売られている電子機器類における加害の可能性も、無線電波と同様、的を外した指摘ではないと認識しております。
 ただ、現在総務省によれば、電波や電磁波による人体の有害性は、否定的に扱われている現況にあることを確認しております。研究は行われているようですが、対策的な指針を前提にしたものは期待できない状況でした。また、衛星技術による指摘も多々耳にしてまいりましたが、この点も情報公開を望んでいく必要があると思っています。
 以上です。
※以下にストーキングハラスメント否定者へのcopy残しておきます。


利害を有するとされるネットワークストーキングを含め、
諸所ハラスメントによる散見を自覚した人物を妄想者として一義的に取り扱うことは、
事実関係の未精査、検証の希薄さをその根拠として矛盾を示したいし、
それら国内外自覚者の人格を、そうした面から社会否定することは、
国民に対する憲法保障からも明らかに逸脱するため、合法的生活者への迫害的側面があるとして指摘する。
GangStalkingやネットワークストーキング、またGaslightingと呼称される一部心理的虐待行為に言及する立場を、懐疑一面からのみ受け入れる方々には、以上の点にご留意と配慮をいただきたい。



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Verification2―迫害妄想と迫害行為 Persecution delusion and persecution act

※HPレポート公開終了―Sunday16 March,2008〆

検証―Video Capture slide report−1
神奈川県湘南在住者に対する監視迫害行為
「The Social Stalking Scene」
reported by windyjuly



だれでもそうであるように、こんなものを編集したくはなかった。

これまで特定近隣者からの迷惑行為の公表は最低限に抑えてきた。表面上、面と向かって交わす態度の中には、悪意的な印象はないので、彼らが行ってくる実際のハラスメント行為と、世間体的に取り繕ってくる態度とのギャップが、実害の背景を示し、浮き彫りにしているとも感じている。

いずれの場合も、精神的な嫌がらせ行為は、不快感指摘を、常にはぐらかすことのできる距離感が保たれていることが、これまでに計測されてきた嫌がらせの痕跡からも窺うことができる。これは、標的となった個人による実害の立証化を困難にし、精神的な問題であるとの世論構成化も目論んでいると思われる。標的個人の心理的ダメージの蓄積のみが誘発されていく、陰湿なハラスメント行為の集合的形態であるとした推察も、今日においては固定的にとらえうることができるように思う。

一度後方へ置き換えた実害の公表を、再度前列に戻さなければならない周辺背景変化の確認から、改めて実害を示していかなければならない立場であることを、痛切に実感している。それは半ば、脅迫的で威圧的に、個人の自由精神を束縛しようとする、サディスティックsadisticな抑圧の可変であると、置き換えることもできる心境下にある。


周囲へ配慮して暮らしてきた本来温厚な人間である私に対する、こうした迷惑行為を受け続けてみてはじめて、これら精神的ハラスメントの殺傷性に気づくことができる。官民大小問わずの組織及びグループ内でも、モビングとして知られる精神的な威圧や、嫌がらせ行為に打ちのめされ、笑顔の下では人知れず胸中に苦痛を感じている方々も少なくない。

こうしたストレスの蓄積は、その場しのぎでは、とても拭い去ることができない。個人的な精神的資質の強弱のみの排他的な視点、論点のみの議論では、社会における精神的秩序はいつまでも、個々人に背を向けたままになってしまう。立法的な対策化を置くことにより、人間の悪意的な気質の強度を、社会的にチューニングするための枠組みを図らなければならないと改めて主張したい。自殺者の量産背景にもこうした整備不良の芽が隠れているはずである。

これらモビングと同性質である、集団的構造による、個人に対する精神的なハラスメント行為は、実害知る方々による、有益な提供情報からも、これらの実態陽性を示す要素を理解できる。あちこちで指摘がなされている、実害と接触する該当研究予算枠などの資金的背景は、生活者個々人の苦境を反映する鏡のようでもある。しかし社会的な実証化にとっては、専門的権威や研究による裏付けと立法整備が必須である。政治的構成が見て見ぬ振りをする以上は、私たち善良な生活者はまず、こうした点にも視線を当てていかなけらばならないと、心身的な苦痛に晒されながら、今一度実感を強めている。

こうした集団的な迫害行為を取り締まる法律は存在せず、EU各国のような立法整備や議論もされていない。かつて「人の命がたやすく弄ばれている」と、歌ったMusisianがいたが、まさにこうした実態の一面を示す、含みを持った表現ではないかとも感じている。

このように陰湿な精神的嫌がらせ行為、指摘すればはぐらかされ、悪意的な紛らわしい挙動=モラル・ハラスメント等による,長期継続的な嫌がらせの実態を、訳知らぬ良心的な人々へ伝えなければならない。なぜなら、このハラスメントの標的になるのは、多くの場合、良識的な一個人であるという報告が、精神科医によって示されているからだ。

そしてここでは触れていないが、こうした状況に陥っている人々の受ける実害風景が、実は精神的な侵害だけではないという具体的事実を示す根拠が、様々な人々による、様々な検証によって見え始めてきている、ということを付け加えておきたい。

検証―Video Capture slide repored by windyjuly
March,2008

Copyright(C) 2007-2008 windyjuly. All Rights Reserved.



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図2 実験システムのアンテナによる探索領域 / 写真1 実験システムの写真
図2のようにミリ波受信発信装置の発信ホーンアンテナから電波を発信し,人のモデルにあてて反射してきた波を受信ホーンアンテナで受信し,オシロスコープで波形の確認を行う.実験では対象となる物体を一定の周期で動く物体を対象として行う.
3.1.1 Ultra Wideband(UWB)による人体センシング 湘南工科大学 秋山いわき教授レポートより
www.rescuesystem.org/ddt/ H14-report/web/3_1_1sit_akiyama.pdf




Persecution delusion and persecution act ―迫害妄想と迫害行為

■迫害妄想 Persecution delusion
周囲者の些細な言動等から、財産や生命を脅かされているといった感覚を、
精神医学の見地から診断した場合、迫害的妄想者として扱われうる。

■迫害 Persecution
社会的優位な立場にある者が多数にたのみ、非有力者の生存権や信仰の自由などを脅かすこと。

歴史的には、東ドイツ秘密警察・諜報機関である国家保安省(Mfs)の「シュタージ」がある。東ドイツ国民を威嚇的監視下に置き、西ドイツにはスパイを送る、といった活動実態から、両国民を震い上がらせていた。


身辺周囲で異変が生じていたとしても、それに気づかなければ暮らしに支障は無く、
通常生活を営んでいける。
潜在的な社会問題としてあるはずの、一般認識を分け隔てているものは、
この「気づき」にある。
大抵この気づきは、気のせい、気にし過ぎ、神経質などといった個人差特性気質として、受け流していく範疇にあるものだが、この自衛心希薄で無警戒な一意識が、
ネガティブな現状作用をもたらす結果になっていると思っている。

上記にあげた、迫害妄想の定義を今一度見直せば、
精神医学的見地に対する「一般的盲点」に気づきはしないか。
それは、「迫害行為」証言の一切を排除している点である。
同時にこれは、「迫害」という行為そのものが「存在しない」とした前提がなければ、
成立しえないことも意味している。

隣人トラブル談などを含めた周囲異変証言を、ここに差し込んでみると、
そのほとんどの「自覚証言」は、「些細なできごと」から派生していった心的状況であることがわかる。
気掛かりな兆候を察知していった過程から生じる自覚を根拠とするも、
「些細かつ、意識することで他意的側面性を見抜ける現象性質」ゆえ、
確証が得られにくいことであるのは今更ながら。

問題は、これら気掛かりな自覚というものが、例外なく迫害妄想的な定義に収まってしまい、「診断」が、「気掛かりな自覚」を「症状」にすり替えてしまっている、という大局的現況にある。
無論、この精神医学的領域に、社会犯罪的な観点からの検証が、専門外的に欠落していることは、言うに及ばずだが、その留意は強固に必須だと考える。

「周囲者の些細な言動等から生じた感覚」が、迫害妄想だとするならば、
「周囲者の些細な言動等」から、狙った人物にいやがらせ行為をさりげなく繰り返すとされる、モラル・ハラスメント気質者や、それらの集団的行為の実態は、
それこそ、その思惑の一致から、複数人構成でこれらを行えば、
学校の集団いじめという、未熟な迫害意識としても、無理なく推察できるのではないだろうか。
それらの発展が迫害行為であるとすれば、多くの証言一致をみても在るように、
合法的生活者、という立場を問わない犠牲者が露呈するに至る。


精神医学的な解釈を誘うとき、この点を再度、強く留意してもらいたいと思っている。
つまり、異変自覚証言に対する事実関係の調査不備による「誤診」、
あるいは、どこからどこまでを「妄想」とするのか、調べてみても、
その専門的定義が、一般からするとあいまいな気がしてならない。

条件付け行為から不快さを誘発され、
極めて日常的な現象に対する不信感自覚を認識したその心理的経緯とともに、
周辺事情を軽視し、それらを妄想としてのみ取り込んでしまうような、
ハラスメント気質と実態から乖離した線引き、定義づけにおいては、
「怪獣に狙われている」という発言と、
「複数人からいやがらせを受けている可能性がある」とする違和感を、
一緒くたにしてしまう脆弱性もつきまとうと考える。
苦悩者の水増しのようなこの状況の非改善性と放置に対して、広義での配慮を求めたい。


「知識もあって立場ある人にも関わらず、理解できないはずはないのに、この種の話になると、身を引いてしまう―」
ベンジャミン・フルフォード氏、先の講演会での言葉を思い返す。
理解できないのではなく、目を反らしたい心境の一端ではないだろうか。

この国でも、密かにシュタージが、と勘ぐってしまう国民が、
今後益々氾濫していったとき、妄想側面からのみ受け流されていかないことを想う。

                              Ⓒwindyjuly

(12Nov 2007 一部加筆)


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✔Psychology one-point memo
動物好きの幼い子供に対し、子供が動物に近づくたび大きなドラの音で脅かしていく。
これを五回ほど繰り返すと、子供は動物に近づかなくなる。
                               米国心理学者ワトソン

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Flash in the sky― 空の閃光

Dec 2006 ‏‎14:33:42


「世の中には平凡な人間と、非凡な人間の二種類がいる。
非凡な人間は、凡人の道徳など無視してもいい― ラスコーリニコフ」
            
          罪と罰より Fyodor Dostoyevsky―Crime and punishment 
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Don't worry―言葉と真意

Dec 2006 14:45:30

(9/23更新)

リチャード・コシミズ氏をご存じだろうか?
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/dokuritu.htm

サイトや書籍にもあるとおり、同時多発テロの矛盾点に対する先駆けた指摘、
程なく日本が辿らざるを得えない状況、
そしてアジア周辺領域に鬱積する諸問題などを、
誰が見ても非常にわかりやすい形で提唱し、
マスメディア発の情報のみでは持ち得にくい、
総体的な問題意識を投げかけ続けているジャーナリスト。


先日、青山での講演会に出向き、
その後の懇親を兼ねた飲み会でも、
リチャード氏をはじめとする問題意識を持ち集う方々は、
そのディープな問題提起とは相反した、
気さくでユーモアさを兼ね備えた人が多く映った。


リチャード氏が指摘する問題の性質から、
ご自身が受けた圧力的嫌がらせ行為にも一部、サイト上で触れていた。
話を伺ってみても、自転車への嫌がらせやその他、
少なからずやられてきたよ、とのことだった。

私自身の周囲で起きる嫌がらせ状況を耳にしたリチャードさんは、
その際、「あまり気にしないようにな」と話を続け、アドバイスしてくれた。


この言葉を耳にしたとき、ふと頭をかすめていったシーンがある。
それは、「気にしない方がいいわよ」と、言葉は同じでも、
リチャードさんの発するニュアンスとは異なる「助言」を、
以前、加害疑惑者当人より受けたことがあったからだった。


この「気にしないように」という言葉は、
そのニュアンスによって、色々な受け留めようがある。


嫌がらせをされた側が、それらハラスメントを「気にしないように」と、
無視することで、精神の均衡を保とうとした場合、
嫌がらせを仕掛ける者は、証拠を捕ろうとする態度が見えないからと、
図々しさに益々拍車をかけ、
警戒感なく嫌がらせができるようになっていくと、推測できる。

しかし楽にはできても、無視されることは面白くなく、その反応を受け取れずといった、
加害心中を読み取ることは、そう難しいことではない。
また、ハラスに対する無視という態度が、ストーカー気質者の資質上、
行為を更にエスカレートさせていく、といった側面からも推察できる。
嫌がらせを仕掛けてくる気質者は、
おそらく、その反応が欲しいだろうということは、察しがつく。

これらのことから、嫌がらせを受ける側がそれらを無視したところで、
必ずしもハラスメントに対する防御壁には成りえなく、
その助長すらも促してしまいかねない、
悪化してしまった状況も、同時に考えることができる。

「反応が無いと、飽きてきてそのうち止めるよ」という受けようにも一理あるが、
ハラス行為者のその資質を今一度勘案してみれば、
反応見たさに、返って嫌がらせを助長させていく、
とした観点にも留意する必要がある。

“精神的な嫌がらせ気質を強く持つ者にとって、無防備な相手ほど、やりやすいものはない―”
そんな指摘は、例のモラ・ハラ、マリー氏著作内他、いくつも目にすることができる。
この点は、学校内部での「いじめ自殺」問題などとも類似接触していくと思っている。

また、受け流しの柳に風、といった心境に至るには、
様々に降りかかるであろう精神的威圧行為を受け流しかつ、
そのフラストレーションのやり場を見出していく、などといった過程の末に、
開拓できうる心情であるとも思う。
個人差も、耐性もあるため、「無視」が必ずしも有効に作用しないケースも、
多々あることがみえてくる。


だから、嫌がらせ行為というものに生活を翻弄され、
心情をかき乱されうる状況に遭遇していたとしても、
自分がやる必要のあることを見失い、
そこから脱線してしまわないように―


そうした意味で、「Don't worry」という言葉を改めて受け止め直し、
自分自身の全般を、もう一度見つめなおすきっかけとしたい。


同じ言葉であっても、それを口にする人によって、全くその真意の照度が異なる。
今回、そのことを言いたかった。

(リチャードさんの「気にするなよ」、という言葉には、気さくな笑みがありました。)


                                      Ⓒwindyjuly


ps.
後日リチャードさんから、もうひとつ、アドバイスをいただきました。
「あまり、思いつめず、冷静に周りを見ること。
焦燥に陥ると、相手の思う壺。パニックに嵌まると相手は大喜び」
                          
               
 
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HP UPのお知らせ
このブログに目を通してくださり、
ありがとうございます。

本日付けで、
「Social Harass―社会性モラル・ハラスメントの証言」とした、
HPをUP致しました。

http://www51.tok2.com/home/windyjuly7thair/
http://socihara.suiheisen.net/

身辺異変を自覚する方々の置かれている状況は、個々に異なり、
またその異変の受け止め方も、その立場により様々ですが、
それでもその共通する苦境から思うことを、
全体的な問題意識を膨らます動きにしていければと考えています。

もしご参考になる部分がわずかでもあれば、幸いです。

                           windyjuly
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Peeping and watch―のぞきと監視の差異



ありきたりな環境の中に散らばる異変、気づき。
特にその人為性悪意を察知した証言者たちの声々には、
「盗聴」「盗撮」行為といった疑念なども含まれている。
それら猜疑心の形成は多くの場合、
特定、不特定者らによる「ほのめかし」や侮蔑行為をうけてきて―
とする証言をよく目にしてきた。

自身のプライバシー、個人情報、プライベートに接触し、
ほのめかされるその内容は、そのタイミングの際どさとも相まって、
「のぞかれている」とした意識とその不快な自覚が表出してくる心理的過程がある。

この種の話題では、
関連妄想性との指摘を揶揄される状況を少なからず目にしてきたが、
マーケットにおける盗聴機材や、盗撮機器類、
また、積極的に一般公開されていない技術、
そして盗聴法といった干渉過多な、社会精神的実情を伺い知れば、
その揶揄する者の真意を推察できる。

私自身も以前、モラル・ハラスメントタウンを歩行中、
ちっちゃな女の子が走り寄ってきて、
自身の食事内容に触れる内容とともに、「バカ」と言い放たれ、
唖然としたことがあった。
それでも気のせいかもしれないと受け流そうとした際、
「ママー、言ってきたよ」との言葉に振り返った。
車二台分ほどの距離を置いた後方に立つ母親らしき人物に向かって、
あどけなく伝える声が、いくらか控えめだった潮騒と共に耳に届いた。
女性はばつの悪そうな表情を浮かべつつ、
なぜか目のあった私に軽く会釈をした、そんな記憶と記録が残っている。

こんな些細な出来事とも相まって、
普段は考えもしないし興味もないテーマをあえて引っ張り上げた。
のぞきと監視という言葉の実態、つまり、
のぞく側とのぞかれる側、そして、
監視する側と、それを受ける側の言葉の使い分け、
両者による認識の差異について、手短に考えていく。

のぞきと監視の違いを考えたときに、
「防犯監視カメラ」を例にとればわかりやすくなる。
生活安全条例推進的背景、公道上のオービス。
巷に溢れる「防犯カメラ」は、そのカメラたる性質から、
「覗き行為にも転用可能」だとは、思っていても公言する者は多くない。
「監視カメラ」「防犯カメラ」として設置されている無機質な機器類は、
ことの本質を見誤っていく総社会的実態につながっていく。
そんな実情は、実態を反転化した名称にすら、みごとに映し出されている。

これに限らず、人はどんなことでも歪曲し、
利己的に歪めた解釈をしようとする傾向と、その性質を保有している。
だから人々はそんな性質を自覚的、無自覚的に留意し、
「理性」で適時対応していくことで、自己を健全に保とうとする自制心が機能する。
しかしながら、そうふるまう必要のない生活者も、
集合的に存在していると耳にしてきた。

彼らの自制心なき欲求行為はもっぱら、
「耳馴染みの良い言葉や名称化」によって、表面を着飾り偽装するとされる。
また、その偽装行為者自身が、自らの偽装行為を他者へなすりつけ、
その矛先を振り交わす、などというような、
人間の精神的性質には、そんなえげつなく利己的な悪意すらもあり、
否行為者にとってこれ程手を焼く気性はない。
まさに、ここでもモラル・ハラスメント気質者との一致を見てとれる。

監視とされる行為を合法的に行える社会的な集合隊の存在については、
改めて言及するまでもないが、その構造が、
上記のような歪曲利己的性質をもった人物らの集合体であるとする、
複数証言を基に仮定してみた場合、
証言者たちが発信する内容との接点を、より強固にすることが見て取れる。

生活をのぞき見られてしまうような、
そんな状況下に置かれて暮らしていると自覚する方々には、
それら行為はどう見ても「覗き行為」としか解釈できない。
一方で、それはのぞきではなく監視であるとして、
組織内及び自己内心面においてのみそう強気に言い張る、
権力的な見識を展開する者たちがいる、とする見方もある。

つまり、その立場、利害環境の違いによって、
同種行為が監視にもなり覗きにもなるという、
置かれた立場による違いが、そのまま利己的な認識として正当化、
あるいは防護的な認知として在るに過ぎないことがわかる。
従って、双方が相容れることはない。

一般的な社会通念に基づき、
個々の複数証言者の声とともにその立場立場を俯瞰してみても、
「監視」なる行為にさらされる理由は見当たらない、一般人たちばかりが証言を続ける実態からは、何が読み取れるのか?
そして現実にあるのは、それら実感者をメンタルな観点のみから、
執拗に固執し応対し続ける現社会。

監視行為としての暮らしや頭覗き実態というものは、
果たしてこの国の中に蔓延しているのだろうか?

「ママー、言ってきたよ」というものを含めて。

                     Ⓒwindyjuly 

(12Nov 2007 一部加筆)
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Malice ―意図的な悪意, 敵意, 相手を傷つけようとする精神性



身辺異変を自覚した方々の証言を、
Webサイトなどから間接的に、そして直接的に触れたとき、
誰でも少なからず体験するだろう、一部人々の悪意、というものを思い返していた。

「モラル・ハラスメント」という、人の性質に無自覚なまま過ごしていたころ、
同種行為の受け止め方に悩んできた記憶がある。

自身にとって不快な言動や挙動を、知人や同僚などからさりげなくとられている、
と察知したとき、徐々に妙な苦味を感じるようになっていった、
心理状態の成り行きを覚えている。

この街で続くハラスメントと同様、一見すると悪意は見えない。
しかし言葉と態度には、「含み」が見え隠れしている。
あの頃、深夜残業続きで少しでも早く帰りたいと、
コピー機に両手をつき、排出を待つわずかに息を吐くその瞬間、
背後からふと、ニヤツキ声をかけてくるような存在が持続的につきまとう。

「嫌味」といった、軽易なものともまた別の響きを感じる。
表面化しないまでも、微細な違和感を察知する能力は、
誰でも持ち得ているだろう。
例えば笑顔一つとってみても、人に嫌悪感を与える笑顔、というものもある。

「悪意」というほど露骨なものでもないので、
いちいち気にしているほうが、神経質に思えてくる。
だからたいていの場合、そのような態度をとられた者の方が、
「気にし過ぎ」だとして、受け流してしまうことが少なくない。
それに不快な態度を指摘したところで、真意はぐらかされることになる。

それでも内面には、言い知れぬ不快感がまとわりついて、
離れなくなっていく場合もある。
忙しかったり、何かそれとは別の心配事が内在していたりして、
周辺環境すらも、揃って追い打ちをかけてくる。
その連続性が、身辺を囲い込んでいく。
そしてそれは出口を見失い、日々膨張していく―

こうして人は内心に、
「追い詰められた感覚」という息苦しさを形成していく。


学校内部でのいじめから自殺に追い込まれていった、
あどけなく従順な子供たちが、教室から徐々に姿を消していけば、
社会という教室内には、「自称強者」たちばかりが生き残ることになる。


寝たきりのおばあさんから、電動ベットを取り上げてしまう社会性を知ったのは、
昨年の暮れ、北海道新聞サイトの記事を目の当たりにしてのことだったが、
こんな状況を放任している、あるいは誘導する者たちが、「強者」なのか。

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フランス精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌ氏の著作、
「モラル・ハラスメント」のページをめくると、

精神的な嫌がらせ、という比較的軽易な受け止め方ができるこの言葉の現実に、
精神的暴行、虐待、といった残虐性、
対象者の精神状態を強く追い詰めていこうとする強い意味が、
本質的に示されていることが理解できる。


追い詰められていった精神は、
その苦痛と怒りを他者に向けようとしたときに、
「法」でがんじがらめになっている「境界線」を目の当たりにする。
良心の踏み越えをその度自制する人々は、身動きできなくなっていく。
そして肥大したそれは次第に、虚しさへと収束し、
程なく自身への存在自体に、刃先を変えていく―

精神が実在を追い込む。


弱肉強食を引き合いに出したとしても、
やはりそれでも「人間」、だとしたら、
本能的な欲求充足や、見境のない敵視感だけではなく、
理性という配慮、

こんなものが自身を含め、わずかでも全体的に膨らんでいけば、
だいぶ違った人生模様が、各人へと広がっていくような気がする。

理想だろう、が。


これまでには経験したことのない陰湿めいた不快な出来事が起きてきて、
その非日常的な現象を日々見据え、対峙しているうちに、
異常だったはずの出来事が、
その自覚者たちにはルーティンになっていく。


この街の "Malice Harassments" 現象の中で過ごしていると、
その意味が、痛切に理解できる。

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それでもやはり、はっきりといえることは、
それら侮蔑的行為や言動の散乱する環境に対して対峙、順応、適応していくことが、
生き死にを踏み越した存在感を持つものだと考える。

「強く」なんて意固地な精神性じゃなく、
慣性的なエネルギーでぶつかっていけばいいのだと思う。
                          Ⓒwindyjuly

(12Nov 2007 一部加筆)

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Verification1 Noise environment―騒音環境
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私の居住地区周辺では、宅地開発による新築、増改築工事が多い。
住宅街の細い通りにもかかわらず、自宅前を工事車両が頻繁に往来していた時期もあった。

私がこの地に転入するタイミングで、
「防衛省(旧防衛庁)」から、防音無償工事の案内書類が投かんされていた。
横須賀―厚木基地間を飛交う戦闘機や軍機等の飛行航路が変更になり、
現在も近隣一帯で、無償防音工事が行われている。

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身辺環境の異変を察知された方々の証言内容に共通する現象として、

・心理的異変
・環境的異変

といったものがある。
またそれらに加え、生理的異変などの自覚症状が付随した証言もある。


各証言者のHPやblogなどの証言内容で一致しているものは、

・嫌がらせ、侮辱などに該当する行為を、
 特定・不特定多数者らから散見したとする過程
・周囲での執拗な反復、意図的とも受け止めることのできる侮蔑的行為の集中的散見に
 よって、それまで何でもなかったありきたりな現象に対し、
 ネガティブな意識づけを誘発された、とする証言内容

上記のいずれも、
「身辺異常に対する認識は、人為的な侮蔑行為により生じてしまった」
とする証言になる。


この自己認識を、「被害」であるとする証言内容に対しては、
以下の複数視点で検証することができる。

\鎖隻騨的視点―
 証言内容は、ありきたりな現象に対する、過剰な被害意識の視点が作用している。
 ゆえに、「被害妄想」的な人物の証言である。

悪意人為性の視点―
 証言内容にある、ありきたりな現象に対する強い被害意識は、反復的な継続によっ
 て、心理的作用を刷り込んでいき、誘発させることができる。

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,蓮∪鎖静な問題であるとする、現時点までの社会的なとらえかた。
そして△蓮⊃邑⊃害領域への指摘。

この△了訶世排他的な状況は、証言にあるような非人道的行為が、
構造的存在によって密かに行われているはずがない、
という社会通念が支配的に蔓延しているため、
現時点までで実害自覚のない一般人への危機意識が、
収縮している現状を背景として、形成されているものではないかと考えている。

証言者の内容は精神的な問題であるとし、精神科医師らによる権威的な診断は、
弾圧的な悪意だとする指摘を、その可能性の根本から排除してしまう形になっている。


それでは、△鮠斂世垢襪燭瓩防要な、
集合的な悪意犯罪性を追求できるだけの立証と根拠はあるのか?

------------------------------------------------------------------------

△領場から、自身の身辺異変現象をとらえてみてもわかるが、
多くの場合、悪意を証明しようとする「物理的なscene」は、
悪意立証が困難な状況であるケースが多い。
それは、証言者たちを追い込む手口が、
「モラル・ハラスメント」などの、立証が容易ではなく、
社会的に取り締まることのできない、
精神的領域で展開されている可能性が強いからではないかと、考えている。
それは、学校内部でのいじめ自殺問題とも接触しうる。
 
つまり、ありきたりな現象に対する、
ネガティブな記憶の想起を刷り込まれた者の目線と、
条件付け、刷り込みがなされてはいない多くの一般人とでは、
その受け止め方や視点に大きな差異、
まるでその反応が違ってしまうということである。
だから、実害を受けている可能性を察知した人々以外は動かないし、その必要がない。

古文を借りて例えて言えば、必ずベルを鳴らしてから食事をとらせる犬は、
ベルを聞くだけで唾液を垂らすようになる。

多くの証言者たちの内容から、この特性を悪用した場合における心身的作用を読み取ることができるのは、心理学領域の研究者ならずとも、理解できると考える。

すなわち、日常的な環境の中で鳴り続けるベル(騒音の類)に悪意を忍ばせることで、
対象者への不快感助長を誘う。
指摘をはぐらかせるレベルで、日常的な現象を他意的な意識でとらえさせる。
そのように、なにもかも意識せざるを得ない心労的環境を構築し続けることで、
対象者への不快な心理的反応の誘発形成を目論みつつ、
結果として金を得ているとする、
一般的な常識観だけでは測り知ることのできない「利権構造的存在」が在る、
とのことから、現在、インターネット上でも様々に、
そして断片的に指摘されているのではないだろうか。


自宅上空の轟音は、工事騒音を飲み込み、潮騒を搔き消していく。

                        Ⓒwindyjuly


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Those who testify―証言する人々


ある日、自分の身の回りで起きてきた異変に気づく。
玄関の出入りに合わせ、自宅の電話を数回鳴らされたり、
まるで心当たりのない葬儀社から突然、間違いファックスが送られてきたり、
心当たりのないままに、そうした現象が繰り返されていった。

身辺の異変を目の当たりにした者たちならば、誰でもそうするように、
私自身も例外なく情報を集めていったが、原因はさっぱりつかめなかった。

この情報収集の過程で知ったのは、巷で囁かれている「組織構成型のハラスメント」の実態だった。
それを証言する者たちと、あからさまに罵るように否定する者たちの記録の他に、
政府関連団体シンポジウムで発表されている、組織型犯罪実態の告発論文も存在していたことから、これらが単なる噂話でないことを理解した経緯がある。

そして驚いたことは、彼らの証言内容と、自身の状況とが少なからず一致していることだった。
ただ、これら証言内容の一部には、特定・不特定者らによる嫌がらせの告発以外に、
信じがたい内容も混在していたこともあって、その確信までには至らなかった。
「そういう可能性もある」との受け止め方であった。

偶然を装った、生理的に人が不快に思うであろう行為や現象が徐々に、自身の暮らしを蝕んでいった。
明らかに嫌がらせだとわかる行為もあるが、そのほとんどは「さりげなく」行われているようだった。
そして、彼ら挙動不審な者たちの行為は、刑事罰の対象外であった。
それは、現行「ストーカー規制法」では、男女間の恋愛の抉れを前提にしているものだからだ。(東京都では、この問題に接触する条例が制定されてはいるが・・・)

言い換えれば、「組織構成型のつきまといや嫌がらせ行為」といったものは、
社会的に裁かれない、とうことを意味する。
つまり、組織構成型の嫌がらせは、社会的に存在してはいない、という見解が、一般論になる。

私はこれらの身辺異変察知者たちの証言を、妄想的であるとする社会的指摘に対して、
歴史的な視点と、技術的な観点、そして「犯罪性」の検証といったものが、
なぜないがしろにされ続けているのかという点において、不審感が募っていった。

盗聴されていると証言する者たちを、妄想者だとする側がいる一方で、盗聴無線器、盗撮機はマーケットに溢れ、
つきまとわれているとする証言者たちの内容を、歴史的観点から捉えてみれば、
「迫害行為」としての、侮蔑、侮辱行為といった接点とをうかがい知ることができる。

すなわち、証言内容を人為的に再現することのできるインフラが現存している、ということが読み取れる。


一向に公にならない、水面下でうごめくサイレント・テロ―その可能性。
やがて私のもとにも、不意に「信じがたい証言内容」を知らしめる現象が起きてしまった。

2006年11月。突然、心臓に強い痺れが発生し、呼吸が乱れ、床に倒れた。
自宅周囲が、どこかの子供たちの騒ぎ声が響いていたことを覚えている。

その数日前、自室が揺れ、音圧でもかけられているかのように、
身体中が細かに振動し始め、低周波振動のような状態が発生した。
揺れは地震ではなかったことを確認した。

この場所に移り住んでからは、高熱が出たと思えば翌朝には何でもなくなったり、
不自然な鋭痛や鈍痛、かゆみといった現象も多々体験してきたが、
明らかに言えることは、この前後で「嫌がらせ」が起き続けていた、ということである。
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電磁波問題や添加物食品問題、環境問題などといった社会的問題意識を持ち続ける、
舩瀬俊介氏の著作のひとつ、
「続 だからせっけんを使う 三一書房」に、パラパラと目を通していたときだった。

p106-107「黒いペンタゴン」
そこには、「政官業情学」という癒着構造が図式化されていた。

私の身の回りで起き続ける生理的な現象を含めた持続的異変。
Those who testify、証言する人々との接点―。
                                Ⓒwindyjuly
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Shadow that lurks in beautiful scenery
kaigan

美しい景色の中に潜む影。
裏と表、

静かな街の中に潜む影。
自己利益のためなら、他人を不快にさせてもいい。
取り繕う笑顔の陰に見え隠れするハラスメントが、

さわやかな景色の中に隠れていて、捉えにくい問題が、
この街、この国の中にある。

(9/25更新)
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Social Stalking INDEX―モラルハラスメントと潜在的社会問題 Spring〜2008 update

White spring bird ― call

His life is not bound with a transparent rope.

Developing personー開発途上者

「人間は生まれながらにして、不可侵の権利を持つ」
こうかつての賢者は言った。

人々はなぜ、人間を疎外されているのであろうか?
心身への苦痛に対して抱き始めるものは、被害意識の拡大ばかりではないか。
しかしそれを責め立てようなどとすることが、どうしてできようか。
むしろ、困窮的存在から目を反らしてしまう精神性に対して問いかけたい。
彼ら犠牲となる存在に対する、ひとつひとつのこころ、に目を向けてみてほしいと。
もしも彼ら犠牲となる者たちが、
あなたたちの大切な人であったとしたならば、
道端で、かつて愛した方々がうずくまっていたとしたなら、
あなたはその姿を、その背中を、どうみつめるというのか?

経済的発展は、人間社会全体の幸福のために、大切である。
しかし、その幸福の影に俯く人々の一人一人を、
一景色として受け流してしまってはならないのではないか。
理想主義的で、青さの残る主張であることは言われるまでもなく理解している。
しかし現代において、あまりにも理想そのものが欠落しているとは思えないか。
希望も夢も、期待感すら抱くことのできない暮らしが蔓延しているとは言えないか。
空の青さを共に眺めることは、それほど難しいことなのであろうか。
それが理想と現実という、人間社会を形成している、
本音と建前の中に息潜める、精神的荒廃の実情を示すことになりうるとはいえないか。
その影響を、社会と、人間と、そして自然全体に与えているとは言えないだろうか。
感じられないだろうか。

社会的幸福を生み出すための、いわば物理的材料となってしまっている存在は、
生命としての、人間としての、立場を疎外され、阻害され続けてきている。

そして苦痛で歪んだ日々を、日常的、恒常的に生きている人々にも問いかけたい。
あなたは被害者という立場に、うつむいてはいけないのではないか。
人間の中に眠る本能の力を、あなた自身を、もう一度感じとってほしい。
もしもあなたが、そうした想像力すら届かない場所にいるならば、
いつの日か目にしたこともあるだろう、アスファルトを突き破るあの、
小さな芽の中で膨張する響きに、耳を研ぎ澄まして欲しい。

そして言いたい。

人間は、発展途上者であるということを。
その謙虚さを、過去の犠牲を追悼する本質的意味において、
その実感の共有が、今こそ必要とされる時代がすでに訪れているのでないのだろうかと。
時代がノックしているのではないのかと。
点ではなく、線的存在である私たち一人一人が、
いつの日か、いや、いますぐにでも利害的環境を踏み越えて、
こころとこころの、符合とを紡ぎ合わせることができたのならば、
その空間の中で私たちは、あの小さな芽を踏みつぶしてしまわずに、
水を注ぐことができるのではないか。
そしてその水は、
私たちのこころの中にある泉から、湧き出ものではないか。

青き理想の空の下で、緑色の芽に、水色の泉、その滴を。
その景色を、すべてのこころに問いかけたい。

4 April,2008
windyjuly

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Keep insisting by you.TI knows the fact.I keep insisting.





さくら―decoy
2008.03.29 Saturday




Sparta―透明な鞭から学ぶべきこと
2008.03.26 Wednesday



ご質問―いやがらせに困っています
2007.10.27 Saturday―2008.03.25 Tue Update



心理的虐待社会の蔓延と批判―社会的悪性サディズムを問う
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レッテル― 社会的迫害
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Prose area
2008.02.09 Saturday―2008.03.23 Sunday Update


private note
2008.03.19 Wednesday


疲れ―新しいバランス感覚
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Verification”Cointelpro”―情報保全隊と諜報ストーキング
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MK ULTRA and COINTELPRO ―現代に巣食う、社会的いやがらせとの接点
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構造的な矛盾―Structural contradiction
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People who shut its mouth― 口をつぐむ世相
2007.12.16 Sunday



Orchestra― 自己責任論の背景
2008.02.22 Friday



Propaganda―イメージ戦略との対比
2008.01.15 Tuesday


Okegawa stalking murder case―桶川ストーカー事件
2008.02.11 Monday



Camouflage color― 迷彩
2007.12.09 Sunday


Appeal at midnight―深夜の訴え
2007.11.03 Saturday

YouTube 「深夜の訴え」―Appeal at midnight
http://jp.youtube.com/watch?v=fxl9xRRWPRA


「警察官友の会だから、むこうへ行け」―ネットワークストーキングと防犯住民

2007.12.07 Friday
YouTube 「防犯住民と ― Do you know Gang Stalking? 」


Sound of the Siren ―誰にとっての安全と安心なのか?
2007.11.19 Monday



ジャーナリズム―journalism
2008.01.09 Wednesday―2008,02,19 Tuesday Update

YouTube「日本のモラルハラスメント―Moral Harassment of Japan」



精神的な殺傷―その体験的断片
2008.01.18 Friday



Malice ―意図的な悪意, 敵意, 相手を傷つけようとする精神性
2007.09.01 Saturday



What is the anchoring? ―アンカリングとは何か

2007.11.10 Saturday

YouTube 「Cointelpro? from Japan―アンカリングとは何か?」
http://jp.youtube.com/watch?v=OhIO0BuPGxM


現実感 ―Schema

2007.12.3 Monday



Wha't is this? ―不定愁訴と痛撃機器類
2007.11.18 Sunday



Chemtrail― 有害物質散布への問いかけ
2007.12.15 Saturday



サイレンと海Vol.2―耳を澄ませば
2008.02.17 Sunday




弱者のために―選挙戦
2008.02.11 Monday



Harassments NEWS Japan―ごみ投げ込みで逮捕
2007.11.11 Sunday



Hircine and sheep
2008.02.02 Saturday



Dog in Flanders― Victim Nero
2007.12.24 Monday



Conversation in front of home ― 「Has that died? Did you kill again?」
2007.10.30 Tuesday

YouTube 「騒がしい空」―The noisy sky
http://jp.youtube.com/watch?v=axNmDWWDUPA


Reply
2008.03.20 Sunday



Verification2―迫害妄想と迫害行為 Persecution delusion and persecution act
2007.10.05 Friday―2008,03,14 Friday Update



Flash in the sky― 空の閃光
2007.09.28 Friday



Don't worry―言葉と真意
2007.09.22 Saturday



Peeping and watch―のぞきと監視の差異
2007.09.08 Saturday



Verification1 Noise environment―騒音環境
2007.08.26 Sunday



Those who testify―証言する人々
2007.08.18 Saturday



Shadow that lurks in beautiful scenery
2007.08.12 Sunday



INDEX & モラル・ハラスメントの街から
2007.08.06 Monday



潜在的社会問題との接触と考察HP 14 March,2008 No.5 report update & Galley +
Social Harass―社会性モラル・ハラスメントの証言
http://www.socialstalking.net/
http://www51.tok2.com/home/windyjuly7thair/




※ブログ内の情報を引用等する場合はリンクを表示してください。
もし著作権侵害に該当する悪質なサイトを確認した場合、警告後、法的な措置をとります。これは、一部報告のある、偽装的サイトに対する予防のためです。

Making Glad! Look up!




―Wha't is the Moral Harassments?


さりげない言葉や態度、表情に悪意をしのばせ、
人の心に切り傷を刻み込んでいく。

陰湿で巧妙、そして残忍な手口、モラル・ハラスメント。
このとらえにくく、立証困難な不快行為を執拗に繰り返すことで、
無防備な相手の精神に揺さぶりをかけ、
動揺と心労、そしてひどい場合には自殺へと追い込んでいく。

いったいどのような人間が、このような陰湿行為を吐き出してくるのだろうか。
そして具体的に、どのような方法をとってくるのだろうか。
また、どのような性格の人間が、標的にされやすいのか―

           マリー・フランス・イルゴイエンヌ(フランス 精神科医)著
           「モラル・ハラスメント」より 

morahara



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