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Reply
嫌がらせ、大変かと思います。
私の方も、何かとあります。
今日も入用で市内に買い物へ出かけたところ、
見知らぬ人物からすれ違いざまに、
「こいつ、よく歩いていられるな」とか、
人の顔を見ながらですね、
「ゲホゲホ」と、まるで蛙のように繰り返してくる、
デリカシーに欠けた方々をお見受けするたびに、
心を痛めております。
もちろん、それらが私に向けられたものではないにしても、
店員が薄笑いを浮かべて、レシートを放り投げるようにして渡す行為などというものは、
人の不快感を誘発させるものでありますし、何とも解せない気分になります。
国内の鬱積した気分、その一面に今日も触れた思いがします。


さて、風雨強い今日、市の広報誌を目にしたところ、
防犯意図を目的としたGPS通信の記事が紹介されておりました。
以前、「歩いていると、ケイタイに情報が送られてくるんだ」と、
私の顔をちらりと見ながら過ぎていく、可愛げのない子供のことを思い出しました。
もしも、このシステムを悪用すれば、噂されている社会迫害的行為も可能となります。
しばし考えを巡らし、やはり、迫害を認識されている多くの方々の推論は、
的を得ていると思われました。
しかしまだ、実害の実証化にはそれ相応の時間と尽力が必要でしょう。
その実感は原爆認定の問題に触れたときに、強化されました。

NHKにて先日、原爆認定を国から受けれずのまま、ご主人を亡くされたご婦人の涙を画面にて拝見いたしました。遺影の前で語られる気丈な言葉から、苦境下を共に連れ添ってきた想いと無念さが胸中に達し、しばし言葉を失いました。

私も辛くなった時には、自分から被害意識を摘まみ取り、
この国、国外、そして過去にも、認められずに消えていった苦境というものを想像する中で、虚しさや心身的な苦痛といったものを、生きるための活力として受け止め直し、
虐げられる存在というものを、直視していこうと思います。

引き続き、私のスタンスで調査を続けていきながら、
自分が解決すべき問題に取り組んでまいりたいと思っております。
お身体にはくれぐれも、お気をつけください。

20 March,2008 windyjuly



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実害認識者様への返信を兼ねて記しておきます。


 これまでのブログ・Webなどでの言及は、身辺におけるハラスメント行為の人為的不審性を問う各証言を、軽蔑否定しないことを前提に、述べてきております。
 また自身としても、自宅周囲における、突然の不自然ないたずら多発や、いやがらせといった違和感を、客観的確証と共に有しているため、この潜在的社会問題性要素の濃い状況に対する考察を展開しております。
 各国類似状況にある方々の情勢を俯瞰していく中で、有力層組織関与(指摘が多く見受けられる各所公安関係や創価学会、統一教会といった有力宗教団体、防衛省の関与、あるいは北朝鮮有力層に付随した関連団体や、各種大学他研究機関など)が取り沙汰されていることは、ご存じのとおりだと思います。また、背景にあるとされる利害、利権構造に対する指摘も、一部ジャーナリストから挙がっていることも知られているとおりです。
 そうした状況を踏まえつつも、やみくもな断定化や乱発は法的側面及び道徳的概念に留意した上で控え、しかし視察を進めていくにしたがい、何らかの形で接触してくことは否めません。(一部の方々のフォローとアドバイスにも配慮して)この場でお伝えできる情報はここまでとさせていただきます。

 自身も身体に発生する強弱かつ不自然に移動する痺れや痛みが、貴殿と同様昨年から継続しています。ジャーナリスト氏による有害電磁波の危険性に触れた書籍が手元にあったことから、その際電磁波過敏症の発症ではないかと考え、専門氏に問い合わせ、症状との関連性を尋ねてみましたが、急激に痛みが発生し移動するような発症例は聞いたことがないとのことでありました。
 内因的な病気ではないという実感に確信と根拠があるため、その発生的性質と、前後における近隣からのハラスメント状況との勘案から、electromagunetic gunや、ultra sonic pistolといった数百ドル程で売られている電子機器類における加害の可能性も、無線電波と同様、的を外した指摘ではないと認識しております。
 ただ、現在総務省によれば、電波や電磁波による人体の有害性は、否定的に扱われている現況にあることを確認しております。研究は行われているようですが、対策的な指針を前提にしたものは期待できない状況でした。また、衛星技術による指摘も多々耳にしてまいりましたが、この点も情報公開を望んでいく必要があると思っています。
 以上です。
※以下にストーキングハラスメント否定者へのcopy残しておきます。


利害を有するとされるネットワークストーキングを含め、
諸所ハラスメントによる散見を自覚した人物を妄想者として一義的に取り扱うことは、
事実関係の未精査、検証の希薄さをその根拠として矛盾を示したいし、
それら国内外自覚者の人格を、そうした面から社会否定することは、
国民に対する憲法保障からも明らかに逸脱するため、合法的生活者への迫害的側面があるとして指摘する。
GangStalkingやネットワークストーキング、またGaslightingと呼称される一部心理的虐待行為に言及する立場を、懐疑一面からのみ受け入れる方々には、以上の点にご留意と配慮をいただきたい。



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ご質問―いやがらせに困っています
ご質問
精神的な嫌がらせをされて困ってます。
仕事中人の顔を見て咳きこんできたり
私の趣味の話をしながら中傷してきたりする方がいて、
嫌な顔すると少し嬉しそうにしてるんです。
どうすればいいのかわかりません。


最近、こうした人々が指摘され始めるようになりました。
これは、モラル・ハラスメントとやブリングと呼ばれる、
心理的でしたたかに人を追い詰める嫌がらせとして知られています。
こうしたハラスメントに対して、
ヨーロッパなどでは立法的な取り組みが図られてきておりますが、
国内では叩き台にすら上がっていないようです。
むしろ、こうした嫌がらせを訴えていても、
被害妄想的な症状として受け流されていくとする報告が多くみられます。

私自身も周囲からの陰湿な計らいの一端を目撃し、記録化し納めてきた者ですから、
こうした嫌がらせ気質者の存在は、痛切にかつ肯定的に認識してきております。

おそらく、陰湿な嫌がらせを行ってくる方というのは、サディスティックな性的傾倒があると推測されます。それは、同意もないのに(非マゾヒスト者)に対してであっても、拘束的な束縛を要求し、他者の意見を排除する傾向にあり、止めてほしいという意思表示をしたとしても、それはむしろ、前者の欲求を刺激してしまう傾向にあることが、フロイドや、マリー氏などからみえる、加害行為者に対する精神分析的な文献などからも、推察を束ねることができるように考えてきております。
独裁者気質といいますか、ナチズムへ通ずる権力論への繋がりや、拷問史といったサディスティックな精神的史実からも、接点を観ることができる可能性がありそうです。

しかしこの部分は、支配論へとも進路を向けるものでもありますので、十分な研究も必要になってくるかもしれません。

いずれにしても、意思表示をしても、精神的な嫌がらせ行為を止めない、例えて言えば、口から飛びだす鞭でこっそり叩きながらも、叩いてなんていないだろ、といったはぐらかし意識や、誹謗や中傷で、人を密かに甚振る精神的な気質にも、こうしたサディスティックな性的な傾倒が人格から表出しているともいえるかも知れません。

ここで述べてきたサディスティックな性的傾倒に対する問題は、
社会的環境から受けたストレスや、潜在的な欲求に対する深層的な抑圧が、
増長させていった精神性であるともいえると思いますが、

こうした気質を社会や社内で、野放しにしていては、それを受ける良識な方々はたまったものではありません。打つのも打たれるのも趣味ではないのに、サディズムの過度の膨張が物語るのは、あなたが受けている精神的嫌がらせとして、有形化しつつある社会的な問題として、今後一層の社会的議論が必要と思う一人です。

良識者への悪害をもたらすサディズム気質を、立法的に縛りつけることは、更なる抑圧を与えてしまう可能性もありますが、精神的な嫌がらせを、個人に対して行っているとした報告がある以上は、これらの問題を遊び半分で扱うべきではなく、こうした「透明な鞭」を規制する必要があるはずだと考えております。


Copyright(C) 2007-2008 windyjuly. All Rights Reserved.





ブライティングシーン(Brighting scene)
照度の高い光の点滅や、パッシングなどによって、標的者周囲を挑発するとされるシーン例。



ご質問
近所の一部の方々に、私の行動に合わせて大きな音を立てたりする人がいます。
子供の送り迎えの際にも、ものすごい形相で布団を叩きながら睨んでくる
おばさんもいて、困っています。同じ問題に悩む人も多くいましたが、
何とかなりませんでしょうか。



単純に精神的いやがらせ気質者が、
目をつけた人にいやがらせしていると考えるのが一般的だと思います。
精神医学的な見地から調べていくと、
ありきたりな日常的性質の出来事を被害として訴え出すことにより、
妄想的診断を受ける可能性が高く、通例になっているようです。
またもうひとつの可能性として挙げられるものに、
欧米他各国で被害の声があるギャングストーキングと呼ばれる、
精神的ないやがらせとネットワークによるつきまといという、
監視示唆的な行為があります。

これは、利権構造化におけるネットワークストーキング行為としての指摘も、
少なからず確認することができます。
しかしこれら指摘そのものを含めて、
公的かつ一般認識になるまでには至っておりません。
今後一般化するとすれば、ハラスメント気質者の行為の検証は忌避され、
被害妄想とした部分を強調した形で、広まっていく可能性が高いでしょう。
この存在そのものが懐疑的に揶揄されているのが現状です。

身近なできごとがまさか、とはお思いになられることだと思いますが、
それゆえに、ネットワーク構造の連鎖的な視点が必須になってくると思います。

モラルハラスメントといういやがらせ気質者による、
個人資質的な問題のみであれば、
転居などでの解決方法もあるのでしょうが、後者の場合、
多くの実害経験者の方々による証言によって明らかになりつつありますが、
公権的要素を含んだ利権ネットワークが関わる可能性を否定できないことから、
転出先でも同様の関係者によってハラスメントを受け、
日本他各国で苦しんでいる人々がたくさんいることがわかると思います。
しかし、問題の性質上、断定化は簡易ではないことを、
様々に調べを進めてきたなかで認識しております。

ただし、あまり後者の被害意識を公言していても、周囲のネットワーク人脈から、
被害妄想や、統合失調症としての風評を流布され、
同時に病院診断を勧めてくるとしたパターンが、
蔓延っている実態が同一証言によって確認されているので、
優先すべきこととして、
不自然な挙動の違和感を証明するための証拠を取り集め、
第三者に対し、内心的な問題ではなく、外部不快行為に起因した、
正常な心理的反応であることを提示できるだけの、
物証を確保する必要があると思っています。

自分では理解できても、それを見る人の目には、
前後の周辺環境や、背景などが読み取れないと思いますので、
集めた証拠の提示方法の見せ方などを考えていく工夫もまた、
大切になってくるのではと思っています。

これは、同種の違和感を自覚する国内、海外の方々の談にもありましたが、
公権、宗教的な問題や、北朝鮮拉致問題に関わる工作員が、
スパイ化している可能性を示唆する声も少なくないので、
警察が積極的に介入してくれない以上、再度自主防犯面を見直してください。

ちなみに仮に被害届を受理してもらったとしても、法的規定があるわけではなく、
国家公安委員会規則「犯罪捜査規範」に「被害届の受理」という、
項目があるに過ぎません。

捜査が積極的に行われるかどうかは、
担当課長による判断に左右される可能性が高いと聞いております。
そうした現況があるので、
単純ないやがらせにしろ、ギャングストーキングであったとしても、
深刻な状況であるならば、
迷惑行為に対する告訴を前提とした資料収集を検討してください。

                      Ⓒwindyjuly


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Conversation in front of home ― 「Has that died? Did you kill again?」

>市街を歩行中、闇空のサーチライトは私の足元をかすめ照らしていった
Movie 騒がしい空―The noisy sky
http://video.google.com/videoplay?docid=3644835952031512964


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Conversation in front of home ― 「Has that died? Did you kill again?」
自宅前での会話 「死んだの?また殺しちゃったのね?」



去る10月10日の朝方。
自宅前でのある会話が記録に残っていた。
無論、これをもって「実害だ!」と訴えるわけではない。
これまでの周辺各情報収集の経緯から蓄積された知識を組みあげ、
そうした仮説を前提に踏まえてみれば必然的に、
それはGang Stalking層の計略にはまり込むことを示す推察に落ち着く。

いくらなんでも不謹慎ではないだろうか―
「死んだの?また殺しちゃったのね?ハハハ」

この言葉の前後、そしてこの言葉から広がる裾野や背景というものを、
当事者以外が知らないのは当然だが、
この言葉の前に、蝿でも蚊でも、ゴキブリとでもつけさえすれば、
いくらでも真意をはぐらかし、言い逃れることも可能だということがわかる。
この点を彼らはしっかり押さえているから、
非合法性的な一般社会指摘から距離を置くことができるのだ。
道徳観、倫理観すらもたくみに悪意に取り込んで、
「あら、そんなつもりはないですよ」と。

いい大人、しかも社会的に有力な立場を有している方の、戸外における会話である。
私はこの一点、言葉じりを捕らえて指摘しているのではない。
この実態、これまでの周辺背景、
経緯を指し示す必要性がこの一点に存在しているのではないかと、
苦痛に苛まれ、原因を探し続ける人々に伝えたいと思っているだけだ。

なぜ、何十年もありきたりにやり過ごしてきた現象に対し、
不快感とともに他意性を意識する人々が蔓延し始めているのか?
精神的疾患という狭義に箱詰めされ、
そこに押し込められてしまえば処理できる問題ではなく、

これが、人間であれば正常な反応の末に形成されていく心身的呼応性質であることを、
未だ実害感のない人、そしてリアルな実害に囲い込まれている人々へ伝えようと考えた。

こうした人間心理を、主体思想の基に肯定する存在が、
この国内の人々の、まさか、という「懐疑心」の中に姿を隠していることを、
そして日々、犠牲者が連なっていることを、もう一歩突っ込んで知り得なければならないと、国内自殺者の統計表を見据えながらもそう思う。
この世に生き残る人々は、この推移をどう感じ捉えるだろうか?

精神的な疾患でも、被害妄想でもなく、それを否定する根拠は、
いやがらせの実態蔓延とその物証、
そうした指摘に誘導していこうとする者たちの、横のつながり、
そして論理的矛盾とによって示すことができる。

その論拠に対して、
一般者に最終的に立ちはだかるのものは、有力構造層の盾である。
利権構造としての障壁である、と言い換えてもいい。特権層の壁。
彼らにとって、自分たちの矛盾を示す者は、その論理整合性などどうでもいいのだ。
それをどうでもいいとすることができるだけの、
一般層が持ち合わせてはいない力を誇示するかのように。


このGangStalking指摘を調べていけば、
必然的にカルトストーキングネットワークに接触することになる。
そう、フランスなどではカルト団体として認識されている宗教法人他、諸団体。
これだけの指摘が溢れているなか、公然と彼らは、
それらを否定する見解を示しているのだろうか?
指摘には更なるいやがらせで対応している様子が、人々の声から届いてくるし、
周囲ではそれら証言と、無為同質のメンタリティハラスメントが転がっている。

ある国が拉致問題に対してそうしてきたように、
無反応に徹しているだけで、それは実は、無視というはぐらかしなのではないのか?
証拠を残さず痛撃を与えることのできる、低周波・高周波、レーザー、メーザー、
音波、電波、電磁波といった電磁気的、痛撃転用可能技術機材が流出しており、
隠し持っているとする指摘や憶測は様々に飛び交っている。
それら大衆の憶測を支えているものは、
それだけの組織力、資金力、そして折伏といった手法による強制マインドコントロール、攻撃的な大勢やその歴史的俯瞰に基づいているのではないか。
個敵に狙いを定め、集団的な組織力の統一化を図る。
しかしこのことは、在日特権や同和問題といった半ばタブー視された領域にあるためか、わざわざ平穏な生活者が突っつくことはないことは自明の理である。
指摘は差別ではなく、矛盾点に対する違和感である。
そして一部のジャーナリスト有志は、ここに問題の根があると指先を向けている。
公開情報内でもがき続ける人々に彼らは、
ほのめかしではなく、「問いへのヒント」を投げかけてくれている。

話を身辺に戻すが、
この嫌悪感を巧みにはぐらかしつつも投げつけてくる一家をはじめとする、
一部の利権ネットワーク住民から、
これまでにもさまざまな形で精神的な被害を受けてきたこと。
いつでもその確証を公開するいくつかの準備を済ませることができた。
私は何ひとつ、彼らに対する侵害行為も、侮辱行為も、迷惑行為もしていなかったと断言する。
そんな経緯の中、心理的に憔悴から脱したある日を境にして、
私の身体や頭部は、苦痛にさらされている自覚がある。

それは世間的既知のものから例えていえば、
電磁波過敏症や、低周波振動的な不快感として示すことができるだろう。
不定愁訴感、これらがもし生体自然発生的な病状であったとするならば、
どうしてその前後に、いやがらせが行われてきたというのだろうか?
これが病気なら、
なぜゴミ屑を投げ入れる者や、
ポストを覗き込む輩などの行為が記録に残るのか?
なぜ、面識もない一部の者が玄関先の柵に腕をかけて、嗚咽を繰り返す記録が残るのか?
これが、インターネットで表層化し明らかになった、
この国に巣食う社会精神的構造、その一端なのか?

証拠の残らず、身体に痛撃を与える技術がまるで存在するかのように。
まるでそれは、軍需技術の民間漏えいと利権享受のように。
まるで、情報格差の基に広がる優越感のように。

誹謗中傷、嘲笑、そしてほのめかし。
私の人生は確実に縮められている、
そうした可能性を示す根拠をばらまき続けていくしか、道筋はないようだ。
歪められてきた短からぬ時間を、気のせいで受け流してしまうのではなく、
物証をもって正常な心理的な反応であることを示すことは、
それを頭から否定してやろうといった、
意固地で計略的意図を持たない柔軟な方々に対してであれば、
いくらでも同意を受けることができることは実証済みだ。

私自身もいつの日か、彼ら人脈によって、
ある日の苦痛に苛まれ、弾きだされた言質をもとに、
あらかじめ計略化されたシナリオの中で、
迷惑者や犯罪者などとして、
でっちあげられた事態に誘導される可能性があることも、
少なからぬ助言や証言からも理解している。
現実に数度、そのうような状況に囲い込まれたこともあり、その矛盾した記録も残っている。
この街の住人の多くもまた、生活安全条例による防犯ネットワーク構成的なつながりがある。
その構成員には、宗教関係者もいれば、在日層などもいることがわかっている。
そして公安による活動費を土壌、背景にして、
そこに利権という沼に手を突っ込む人々がいることは、推察だが見えてきてはいる。

これらネットワークは本来、
非合法的な人物に対する犯罪抑止の観点から構成されることが建前にあっても、
実害無き一般者には、この私的悪用に対する理解も興味も派生しない現況がある。
このことは、歴史的な背景からも読み取れる。

自宅前で「死んじゃったの?また殺しちゃったの?」などと会話をはじめる人物も、
カルトに高笑い騒ぎ立てる輩も、
そうした横の繋がり、ストーキングネットワーク構造にしっかりと根付く、
地元の有力者であるし、
彼らが人々のプライベートを弄んでいる根拠を示すこともできる。
時に不快感をありきたりで日常的な態度を誇張することで、
一般者にさとられることなく示し、
狙い澄まし条件づけた相手の反応を、
「合法的残虐性」のもとで、口元を歪ませている。

時に、blogの記載内容から、
私の反応パターンを読みとって、メンタリティハラスメントに反映させていく。
違和感の残った突発的工事を試しに記録に示してみれば、読み通り、
数日後、彼らの玄関先では騒音工事がはじまり、
http://silentbellwindy.blogspot.com/2007/10/unnatural-point-to-have-caused-doubt.html
一か月前に行っていた全く同じ場所で、なぜか再び水道工事がはじまるといった、
懐疑的に受け止めざるを得ない環境を構築しておきつつ、違和感を誘導派生させ、
「被害自覚」の強化を目論み、統合失調症、被害妄想者として陥らせていく、
といった手合いが構成されていく。

このネットワークストーキングに対する世論への危惧伝達を、
スポンサーに回収されて身動きの取れない高給マスコミ人員には期待できないことを理解し、さまざまな人々が、苦痛と揶揄に取り囲まれて、
時に自身のプライベートをネタとしてメディアに売り込まれ、侮辱受けながら続けている。
そしてその過程における障害としての、精神医学的な介入。
これは精神医学を否定するのではなく、
不快感自覚証言者の周辺実態の検証の希薄さをもって、障害であると指摘するものであり、さらなる発展性を阻害する意見ではないことを付け加えておきたい。

やはりネットでの情報は、リアルな影響を及ぼさないのではないか、そう嘆いた友もいる。それでも具体化していく方法を諦めずに、と言ったら、再び彼は苦笑いを取り戻した。

ここで記す内容はすべて、実態はさておき、本来この情報を必要としていない人々と、
そして迫害苦痛に苛まれ、方向感を失った人々に示すものである。
迫害妄想と、迫害行為の意味を混同することなく、実態を知り、
それら心理的工作等による実害を認識し、主張を示す方々の志に共振したものである。
blogやサイトを構成し、更新を続ける人々への呼応である。

そうした人々が邪険にされ、主張をネット内にのみ押し込められ、
社会的支援を受けられていない現状の放任こそが、
迫害作用の一端を示していると、私は思うようになった。

自分自身が抱える問題と、自身を囲い込む問題との狭間でもがく人々へ。
迫害行為者、及び特権意識で満たされ、
他者を見下すような精神性を形成し、
野放しにして嘲笑う者のすべては関心の外にある。

それでしつこくもつきまとってくる者たちを、国内外では何と呼ばれているか?


                              Ⓒwindyjuly

実際の動画(音声)ファイル―
http://video.google.com/videoplay?docid=8790288201917979012
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Appeal at midnight―深夜の訴え

Documentary Video―  Appeal at midnight―深夜の訴え
http://jp.youtube.com/watch?v=fxl9xRRWPRA



メンタリティハラスメント―匿名近隣者による通報歴(プライバシーの侵害) 
2006年12月12日
2007年2月9日
2007年2月13日
2007年10月30日
2007年10月31日


2006年12月12日夜
自宅から数メートル程の所を歩行中、三名の警官から職務質問。
懐中電灯を持って歩く怪しい男がいると、通報を受けたとのこと。
私は連れと待ち合わせていた場所へと向かう最中だった。

2007年 2月 9日夜
ポストには、警官が投かんした近隣者による苦情の代筆書面。
夜半過ぎ、再度警官が訪問、注意を促される。

2007年 2月13日夜
苦情から四日後、敷地内をうろうろし、私の名を呼び続け、
ドアを叩いていたのは警官だった。
自宅前を通りがかったら何か音がしたから、というのが訪問理由で、
ドア越しのやり取りの中で、戸別訪問だともいい、私に質問を始めた。

2007年10月30日夜
この日、警官が訪問した理由は、
近隣者からの騒音苦情を受けてとのことだった。
その数時間後の深夜、再び二人の警官が、近隣からの苦情を受けて姿を現したのは、
2007年10月31日

※これらで直接訪問された警官の方々は、
一部の不審点を省けば、基本的に紳士的な方々であったことを追記しておく。



「生活安全条例と防犯ネットワークの私的乱用」

こうした経緯から耐えかねて、プライバシーを侵害する執拗な匿名通報者を、
私はその夜、公然と問い詰めた。
私は周囲への配慮を踏み越え、自分の主張を吐露した。
無論周りは見えていたし、証拠の残る形でのいやがらせを確認するに至るまで、
日本人の多くがそうであるように、近隣者への配慮を無意識的に持って暮らしてきたし、今でも基本的なスタンスは変わっていない。

ネットワークストーキングの問題を調べていけば、
必然的に目に触れるのは、
被害を訴えるならばその基準を示し、計測で根拠を示せ、
それでなければ精神的な問題だとする声が、
ネットワークストーキング主張者へ、
ぶつけられている様子を伺うことができる。

しかし、自分たちのネットワーク内ではそれらを必要としないかのように、
一方的に通報してしまえる集団的有力性コネクションに属していれさえすれば、
目を付けた個人に対して、口裏を合わせ、数のみを根拠に通報していく道筋を得ていく。それだから、パーソナルアタックという合法的個人攻撃の実際を、
暗黙のうちに推進させていけるのだろう。

これらを根拠づけた推察として、生活安全条例による防犯ネットワークといった、
法律知識の薄弱な自警団的住民による、監視行為の弊害がすでに指摘されてきている。
つまり、プライバシーの侵害、委託権限の私的乱用に対する懸念。
明大教授氏からも数年前から、こうした乱用懸念を示唆されてきているし、
その他には、斉藤貴男氏による「不屈のために」という書籍等においても、
監視社会の弊害的作用についての言及がある。


「執拗な通報と横のつながり」

自宅から数分のところを懐中電灯を持って、
連れとの待ち合わせ先に向かって歩いていれば、
匿名有力隣人から通報され、自宅前にもかかわらず三名の警官に囲まれて、
身体検査と免許証の提示、そして個人情報を求められる。

夜外出時にハンドライトを持つ必要があったのは、
私のサイドを猛スピードで走り去っていく車両や、
日曜日の夜半にも関わらず、
蛇行運転で真横を通過していく郵便局の配達バイク他、
住宅街の細道とは思えない暴走車両などと、
やたらと頻繁に遭遇するようになっていたからだった。
一度は、私の来ていたコートをサイドミラーが軽くかすめていったことさえあったが、
当時の無警戒な状態も手伝って、
暗がりで拉げたナンバープレートを読み取ることができなかった。


私はこの場に示すまでもなく、これまで合法的に生活者してきて前科なども無い。
政治活動や、もちろん国家転覆を狙うかのようなテロ工作活動などもしたことがない。
それが気づけば玄関先に紙屑やゴミ片がばら撒かれるようになり、
不審なFAXや郵便物の開封など、挙げだせばきりのない匿名迷惑行為が、
自身の生活圏内において目立つようになっていった実情がある。

こんな人物に目をつけるかのごとく、
これまで執拗にメンタリティハラスメント挙動を繰り返してきた、
地元有力者層をはじめとする、前述の静かなネットワークが、
私の周囲に取り巻く、横のつながりがあることをここに示しておきたい。

そうした背景のもと、
室内で流す「音」がいくらか「漏れている」程度のことで、
勝手に迷惑だと過剰反応しているだけで、再三に渡り警察を呼びつける。
それこそ、「被害妄想」じゃないのか。
匿名通報者が耳障りなのは、そのボリュームでないことは、
これまで周囲での深夜宴会に対する無反応や、
転居当時、近隣者宅からほぼ終日流れ出ていた、
時に、ガソリンスタンド並の音楽への無対応などからも理解することができる。
彼らに対する挑発も侵害も、誹謗中傷も一切私はしていなかった。
逆にそれらは、一方的な彼らからのふるまいであったことは、
記録的に提示することができる。

実際は、私の自室から漏れる音に対するクレームではなく、
ネットワークストーキングに関する情報や、
彼ら自身の不快なふるまい記録を含んだBGMが、
私の敷地内で暴音レベルにないボリュームを耳障りだとして通報したのだろう。
ウーハーなどを使用して、ドカドカと誇張しているものでもない。
明らかなプライバシー領域への干渉である。
正当に論駁できるはずはない。
それは彼ら自身が散々行ってきた自らの行為を、
「鏡」で見せつけられてしまうことになるからだ。

プライバシーへの干渉行為を、自ら露呈させ示すことを回避させるべく、
自分たちの行為を示す内容には一切言及せず、「音のボリューム」として置き換え誇張した、偽善的な通報であると、解釈している。
つまり、自身の迷惑行為すら、対象者に擦り付け、
自らは依然、社会的な立場を保とうとする浅ましさがちらついている。
マリー氏が示す、モラルハラスメント気質者の性質と特徴が、
こうにも一致し該当するものかとも思う。

不快だからといって、基準も実害根拠も示さず、
「ただ迷惑だ」と口裏を合わせた抽象的主観にのみ委ね、
被害として通報するのならば、
それこそが「被害妄想」であり、「プライバシーの干渉」なのではないかと考える。
激昂を抑えてここに心境を記せば、
自分たちが以前、固有名詞を省き、
ニヤツキながら自宅前で言い放ってきたその言葉を、
そのまま玄関先に置いておきたいくらいである。


おそらく彼らにとっては、通報した既成事実が重要なのだろう。
社会的にはその事実が何よりもの「証明」として、
事が起きた際に、世論へ示すことができるからだ。

「再三の注意によっても改善されなかったため、やむを得ず逮捕―」
こんなニュースが最近どこかであったことを思い出している。
奈良での騒音問題も頭をかすめていった。

明らかに私は、干渉過多な気質者にプライバシーを侵害されている。
そのことは今回、これら一連の通報歴によっても、
彼らの性質を示すことになりえると確信する。

配慮を前提としたスタンスにおいて、
周囲への配慮をどうしても越えなけらばならない時が、
そうせざるを得ないその人その人の状況というものが、
誰にでもあるのではないか。

そうした経緯において蓄積されてきた心情の一端、その吐露が、その晩、
声を押し殺せずにいられなかった理由だった。

Ⓒwindyjuly
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Documentary Video 「騒がしい空」―The noisy sky
http://jp.youtube.com/watch?v=axNmDWWDUPA

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What is the anchoring? ―アンカリングとは何か

YouTube Video-「What is the anchoring?アンカリングとは何か―」
http://jp.youtube.com/watch?v=OhIO0BuPGxM





アンカリングとは、NLP(神経言語プログラミング:Neuro-Linguistic Programming)の技法による、心理的な条件付けである。

これらは主に、自己啓発的理論として実践されているが、
対象者への心理的ダメージを前提にした場合におけるアンカリング手法は、
これらの理論を反転させ、ネガティブな記憶想起へと誘引させようとする。


日常的にありふれた特定行為を対象者周囲で散発させ、
監視を示唆するような紛らわしい挙動とによって、
対象者自身に警戒感を植え付けていくとされる。

それら特徴的な挙動やふるまい、態度に含みを持たせ、
対象者周囲で拡散、不快さを誘発させることにより、

不審さを抱きはじめた対象者は、一般者の無警戒な反応とは対照的に、
ありきたりな日常的現象等の変化に対し、
ナーバスな反応を示してしまうことが確認されている。

そうした外因刺激による、警戒感を持たざるを得ない環境の下で、
妄想的性質と一致した自覚認識が、
証言内容に妄想性ともとれる証言をもたらす要因になり得ているのではと推測する。

これらの反応は、意図的な悪意に起因し誘発された、
健常者としての正常な心理的反応であるとする主張に、
不自然さは無いことがわかる。

そうした個々の警戒的証言に至る背景や、
事実関係に対する留意希薄な社会的対応が、
証言そのものを内因的な問題だとして断定化してしまう傾向と、
実態があることは否めない。

被害妄想や迫害妄想、統合失調症といった、
精神医学的見地からの診断に対して、
こうした個々を取り巻く周辺環境的な検証への強化は、
事実誤認に対する予防線を張ることにもなり得るはずである。

標的者を取り囲み心理的抑圧行為を行うとされる者たちは対象者周囲で、
嗚咽や咳き込み、くしゃみ、高笑いといったノイズ行為などを、
意図的に強調して執拗に行うことが、各国に共通した証言として知られている。
しかしそれらの行為は、あまりにも日常的なものであるために、
誰が悪意を持って行っているかどうかの線引きは、
主観的感覚に委ねざるを得ないため、その根拠を示すことは難しい。

そのような見分けの困難な性質を隠れ蓑として、
ハラスメント対象者への挑発や侮蔑を込めた態度を紛れ込ませ示すことで、
それらを職場や生活環境圏で日常的に受け続けた対象者は、次第に憔悴し、
不快さと警戒感を意識せざるを得ない心理的環境が構築されていくことになる。

フランス精神科医による著作「モラル・ハラスメント」による、
精神的いやがらせを繰り返す、モラル・ハラスメント加害者としての性質、特徴と、
迫害的気質者との性質が一致していることがわかる。

偶発的な性質を利用し、ありふれた日常的態度の中に悪意をしのばせ、
対象者がそれらを指摘した際には、気のせいだ、考えすぎだとして、
はぐらかされてしまう、巧妙な手法である。


現在までのところ、比較的有効と思われる対処としては、
それら挙動の散見などに主観をもった解釈をせず、
それでも不審さを拭えない事象に対しては、
記録化に留意していくといった客観的な意識づけからのアプローチなどにより、
精神的な均衡性を図っていくことなどが挙げられる。
ハラスメント行為としての悪意を気に留めず、受け流せていければ良いが、
自覚してしまった以上、彼らの作為を無視し続けていこうとする反応自体にも、
精神的な抑圧をかけていく側面があるため、
そうした自助的な取り組みもまた、心理的な負担緩和につながると考える。


統計学的な証拠の提示が有効だとされる声もあるが、
社会問題としての位置づけがなされない限り、
先進国自殺率第一位の順位を下げることは難しいかもしれない―

※参考:図録ー自殺率の国際間比較/・・・others



面識もない他人から受けるこれら不快で執拗なふるまいは、
現在法律で取り締まることはできない、
精神的な残虐性の放任であると主張したいー


movieキャプションから、一部加筆
Ⓒwindyjuly
e-mail: julywings●gmail.com  (●=@)





彼らはそれらの行為が、他人を不幸にすることを知っている。

―They know those acts make others unhappy.

JUGEMテーマ:健康


YouTube Video―  Appeal at midnight―深夜の訴え
http://jp.youtube.com/watch?v=fxl9xRRWPRA

YouTube Video「騒がしい空」―The noisy sky
http://jp.youtube.com/watch?v=axNmDWWDUPA
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Harassments NEWS Japan―ごみ投げ込みで逮捕


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Wha't is this? ―不定愁訴と痛撃機器類




Poster ver(PDF※少し重め)
http://www.socialstalking.net/pdf/whatisthis.pdf
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Sound of the Siren ―誰にとっての安全と安心なのか?―



YouTube 「Sound of the Siren ―安全で安心な街から―」
http://jp.youtube.com/watch?v=hj3PNt7DGRE
JUGEMテーマ:ニュース


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MK ULTRA and COINTELPRO ―現代に巣食う、社会的いやがらせとの接点

Eleanor White 


 "Psycho electronic Mind control"とは24時間、自宅またはコミュニティーの中で暮らしている無実の市民に対して、秘密裏に成されるハラスメントを指します。
 それは今、世界規模で拡大しています
このいやがらせは歴史的に有名なMKウルトラ計画とCOINTELPROから派生し、それを洗練させたものです。
 前者の犠牲者は施設に閉じ込められ、拷問を受け、後者の犠牲者はストーキングされ
、自宅と会社に侵入され、家財道具を破壊され、当人に纏わる悪い評判をたてられました。そして今では先進の電子技術がターゲット化された一般市民の心と体を密かに制御しています。それは検出することができず、最高の電磁シールドをも透過します。
 今日の"Mind contorol project"はより巧妙なものになっていて、ターゲットが犯罪を訴えようとすると、精神病者のレッテルを張られます。家財道具の窃盗と破壊は常に警察が調査できない程度の低い水準に抑えられています。警察はいつも精神医に「助け」を求めるよう言ってきます。こういったハラスメントを行うための技術は驚くほど水準の高いものです。
  Mind controlによって心身に引き起こされた症状は実際の身体的、精神的な病気の症状に似ているけれどもそれは明らかに人工的な症状です。直接経験すればいやでも理解することになります。

Eleanor White エレノア・ホワイト 2003年10月8日
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身近ないやがらせが、まさか?

この文書に目を通したのは今から数年前。
当時はまだ、社会的な悪意という総体的な証言を、懐疑的、あるいはさして気にも留めないカルトティックで、非現実的なものとして認知していた。
それは例えれば、自分の暮らしとは適当な距離があって、そこに残忍性を想像するも実害感を得ることのない、動物実験や戦争、そして身近な微犯罪といったものにすら、実感を遮る壁が立ちはだかっているようなものだともいえる。人間の精神と肉体とを分け隔てている皮膚感覚のような壁面に触れ、生ぬるい風のように見えなくなっていく。

それから数年の月日が流れ、ある日から目立ち始めた敷地内に散らばる紙屑、葬儀社からのFAX、一部特定近隣による不審挙動散見などといった事象との巡りあわせに至る。先だっては、朝、シャボン玉のような唾の塊が門内に吐き捨てられていた。
米自衛機やヘリは頭上で断続的に騒がしく、周囲は無償防音工事、新築改築に忙しい。救急車両のサイレンは喧騒に紛れ込む。
静観だったはずの住環境は日々粗悪化してきた記録が、周辺事情とともに事実を語ろうとする。そこに意味を持たせるものは、過去に歴史に遡れば映しだされてくる実態と人々が紡ぐ証言。
それは現在進行形で歩みを続ける、人々の邪念であることすらはぐらかす私利私欲の時代の闊歩。
電磁波過敏症のような症状に身を揺さぶられながら、手で遮ると一時的に緩和する磁気的な振動感、左足踵をとらえ続けるピンポイント鋭痛などとの不快感は、文字の羅列のみではとても伝えようのないこれまでの感慨でもある。社会的な容認が成されない以上、かつての北朝鮮拉致被害者の苦悩と同様、実害は立証されずに棄却され続けて行く。

今では遠隔から生体に痛撃を与えることのできるいくつかの機器に関する情報も拡散しており、それらは現に、マーケットで入手可能なものでもあるため、
本来ならば、早急な法整備を必要とするはずが、
一向にその気配すら漂っていない無口な社会に、異様な不気味さを感じてもいる。
神経症的な症状を誘発させる、
ある利権につながった人々による迫害工作の実態に対する実態が、
幾多の猜疑心を搔き分けてきた中で、それらを否定する理由を見失いつつある。
すなわちそれは、ネットワーク網で紡がれたGangStalkingであり、Gaslightingと呼称されるPsychological Harassmentである。

これまでも、これからも、一体どれだけの人々が、この無慈悲で悪徳な環境化に放り込まれていくのか。
とても推察のみでは推し量ることのできない蠢きが、国内外から聞こえてくる。
嘘で塗り固められた紳士たちとその血族的社会、
その重たい扉を開ける鍵はもう役に立たないのかもしれない。
その鍵さえどこにあるのかもわからない、誰もみつけられずにいる。
しかも鍵穴はすでに錆びついていて、
それはもう抉じ開ける手立ての模索しか方法はないのかもしれない。

―Who opens it?

Ⓒwindyjuly


http://www.multistalkervictims.org/
http://en.wikipedia.org/wiki/Mkultra
http://en.wikipedia.org/wiki/Gaslighting
http://www.bugsweeps.com/info/electronic_harassment.html Electronic Harassment Information -
http://310inkyo.jugem.jp/?eid=150 4つの目で世の中を考える
http://www.aa.alpha-net.ne.jp/stmore/Mind_Control_Minute4.htm


参考資料―生体実験の歴史的認識 

1953年 MK−ウルトラ(MK-ULTRA)  
薬物・電子チップ・電気ショックを使い暗示によるプログラミングを行なう。
1958年 プロジェクト・ムーンストラック(ProjectMoonstruck)
手術または誘拐して密かに、電磁波を出すチップを脳と歯に埋め込む。 
目的:追跡、マインドコントロール、行動コントロール、プログラミング、秘密工作
1958年 プロジェクト・オリオン(Project Orion)  
亡命した大物など最重要人物の事情聴取を行なう際、薬物・催眠術・脳電気刺激によって、プログラミング・忠誠心の確保を行なう。
1960年 MK−デルタ(MK-DELTA)  
微調整された電磁波によるサブリミナル・プログラミング。一般人の行動や態度をプログラムする。疲労感、気分のむら、行動機能不全、社会的犯罪行為をもたらす。
1983年 フェニックス2(PHOENIX II)  
モントークにて実験。電磁波を使って特定集団を標的とする。彼らを使ってさらに大衆をプログラミング。また、特定の地域に地震を起こすこともできる。
1989年 トライデント(TRIDENT)
三機編隊の黒いヘリコプターによって、個人・特定国民を対象とし、大集団の管理と行動統制、暴動統制を行なう。連邦緊急時管理庁(FEMA=フィーマ)と協力。
1990年 RFメディア(RF MEDIA)
テレビやラジオを通したコミュニケーションによって、電磁波を使ったアメリカ国民へのサブリミナル暗示とプログラミング。行動欲求を操作して、心霊能力を破壊。集団的電磁波コントロールの準備過程とされる。
1990年 タワー(TOWER)
携帯電話網を使って、電磁波による全国的サブリミナルプログラミングと暗示。神経の強震とコード化された情報によって、神経細胞の変化とDNA共振の修正等の抑制を行なう。
1995年 HAARP(HAARP)
電磁波による一般大衆コントロール。集団的に行動を変えさせる。


http:// none− Mr.Fukusima siteより引用


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現実感 ―Schema

2005年12月2日18:27受信
■関西地区葬儀社から誤送信FAX ―室内会話が数点反映
<偶然過多な不審点>
FAXに記された宛名が、その朝会話中に触れた知人と同一姓だった点(カタカナ)
当日朝室内でおどけて、「関西弁」を口真似て会話していた。
その日の夕刻、「関西」から誤送信FAXされた点。
I埒海忙廚ぁ∩魑啓劼北笋す腓錣擦燭箸海蹇◆嵜甘たりが無い」との弁。
NTTへ連絡し、「関西」から「藤沢市」への誤送信FAXについて問い合わせたが、
「通常はありえない」とのこと。※送信先も着信番号も印字された場所とは異なる点
ジ気料信先市街地局番が「0727」。藤沢市は「0466」。
番号の単純な打ち間違いだとは考えにくい。
Α歹団蠍朕佑亡悗錣訃霾鵑里燭甬入見送り−等々から、人為性悪意の観点を意識。
自宅周辺における各種異変が露骨化してきた時期※とも交差。
以上の不審点が当時の記録から伺える。
※例えば、表札が出ているのにもかかわらず、私の友人の姓を訪ねてきたりするといったことなどが、
それとなく目立ち始めていた時期。

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現実感―Schema

人の現実感を形成しているのは、知識という流動的であいまいなもの。
昨日までは「AからC」までの知識をもとにして、身の回りの出来事を捉えてきた。
しかし翌日には、「AからC」そこから更に先にある「DからE」までの知識を得たことで、
「AからE」まで拡大した、知識の集合によるものの見方が、
現状に対する認識の変化を促していく。
ある日には、「AからE」のうちの、「B」に矛盾を感じて差っ引いてみては、
再び戻してみたりする。
そして、「E」から先にあるものが、再びその総体的な認識をより強固にしていく―

つまり、そんな知識咀嚼の繰り返しというものが、その人固有の、
ばらつきのある現実感を形作っていくということをあらためて思い返してみれば、
昨日までは存在するはずは無いと思い込んでいたものが、
ある物事を知ることによって、以前から実は存在していたけれど、
それまでの自分には単に見えないでいただけに過ぎなかった、
ということに対する理解も、押し付けではないことがわかるはずで、

心理的に人を追い込み、悪びれずにはぐらかしていくといった、
利権延命的に歪曲された秩序の実態、
ここに暮らす一般者の、現状認識を様々に分け隔たせているものもまた同様に、
実感や体感に対する主観、客観的な情報による裏付けをもった認知、
スキーマに他ならない。


戦争で突然家族をすべて失ったイラクの男性が、
日本取材班の現地インタビューの中で、
浅い溜息のように吐きだした言葉が頭を過ぎる。
「この世の中で起きうるすべての不幸は、いつ自分の身に振りかかってきても不思議じゃないことがわかった」

地下鉄サリン宗教テロ事件の日本人被害者の女性が声を震わせながら、
米国メディア制作番組の中で語っていたこと、
「TVの中の出来事は、これまではすべて他人事でした」

自身の現実感というものが、何を根拠にして形成されているのか、きたのかを、
速やかに見つめなおして見る必要があることを、
この一連の不快な実態調査を続けていく過程で改めて感じている。
安穏さの中ですっかり退化した本能を揺り起こして、そして、
危機的な状況を直感的に感じ取るためには、
実害感によるスキーマの新陳代謝がなければならないのか?

Ⓒwindyjuly

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