疲れ―新しいバランス感覚 | Social Stalking
疲れ―新しいバランス感覚


昨日の私は随分と疲れていた。

社会的な問題意識というものに触れ得る情報発信をする以上は、ジャーナズム精神が必要だとかねてから思っていた。しかし今の自分にはまだ、そうした力量は伴っていない。だから、現場を知る生のジャーナリズムに触れる機会を求めていた矢先、イスラエル軍事行動による犠牲状況の報告会があると知り、早速参加した。

この日、主催ジャーナリストは、「これ程参加者が多いとは想定していなかったので、問題意識を持った方が増えていると実感した」とする趣旨の言葉を発していた。最後部座席に着いていた私にも、その光景はよく理解できた。明大内の広いとは言えない講義室は、満席だった。


しかし前日の疲れのせいなのか、やたらと頭部が重たい。
数十分程して、じわりと発生しはじめた身体的な症状に、とても傾聴できる状態では無くなったため、ジャーナリストと挨拶を交わし席を外した。折角の学習機会が、こうした形で流れてしまったことは無念だったが、今後もジャーナリズム精神というものを習熟させ、それを私なりのアプローチを通して具現化していきたいと、思いを強めた日になった。

しかしこの日、疲れのとれない私の周囲では、気がかりなことが散らかっていた。

テロ警戒による警備体制の影響であろうか、救急車やパトカー、そしてヘリコプターが、頻繁に行き交っていた。神保町の古書街を歩いていると、若者がスタスタと走り去っていく。何事かと思い顔を向けると、「万引きだ、捕まえてくれ」と叫ぶ男がいた。私は帽子を被り直し、手にしていた美術の書籍に、今一度目を向けた。

途中、「バカのくせに」いう風圧を耳にした。学生のようだったが、快活な笑みで仲間と打ち解けあっていた。私はエリートじゃないからその言葉に該当するかもしれないが、無知の知という心境を胸に据えて、再び歩き出した。

明大前では、老婆が道端に腰かけていた。通り過ぎようとしたとたん、彼女の口元からは、桜に似た淡いピンク色の、ガムの塊のようなものが飛び出していた。突然のことだったので、私は目を丸めたまま、それ以上は深く凝視せずに道を下って行った。

小諸そばで軽い昼食をとっていると、がらがらの店内の真向かいに座った男性が手にしていた財布が、以前私が使用していたものと同じものであったため注視したが、すぐに蕎麦へと戻る。

銀座から有楽町まで歩くと、三月も半ば、汗ばんでいることに気づく。まだ桜色は見えない。その途中、外国人観光客と多くすれ違った。気のせいかもしれないが、すれ違いざまにウインクをされ、歳柄も無く視線を外してしまった。非常に美しい西欧系の女性だった。また、しきりに「カラ素振り」を繰り返すアメリカンベースボール少年がいた。「メジャーリーグ?」と、私は呟くと、懐かしい記憶も一瞬通り過ぎていった。

銀座のハンズ画材コーナーへ立ち寄ってみたが、あまり種類が無かった。その時、あるエリート風の男女が、「グッズにでもして造って売ればいいじゃん、なぁ」「そうだね」などという会話のやり取りに触れる。実益的な貴重な会話だった。その場を後にすると。45と番号の描かれたバックを持った若い子たちを多く見かけたが、ブームなのだろうか。そしてエスカレーターの途中、いぶかしげな表情の店員が、人ごみの中で見え隠れしていた。何かの、キャンペーン中なのだろうか。彼も疲れているようにみえた。

店内を出ると、「HERO」という文字と、SMAPの男の顔が、トレーラに描かれていた。「世界はヒーローを待っている」というアナウンスが、彼の声で発せられた。そう、確かに、こうした荒んだ世の中には、映画やドラマの中から飛び出した、本当の勇者が必要な時代であると痛切に感じた。

余談だが、私が学生の頃、友人と共にドームでコンサートスタッフのバイトをしたとき、SMAPの居る控室で待機したことだあった。ローラースケートを履き、颯爽と路上を滑っていく「光Genzi」や「少年隊」「男組」が活躍していた時代だった。その時、バイトの連中を睨みつける彼らの気迫を、青年期の私は感じ取った。友人もそれに頷いていた。


優越感が男女意識を支配して、困窮者にレッテルを貼り付け、固有名詞化して、人間という相対的な存在を一側面でのみ方向づけ、人を判断しようとする雰囲気の中では、主義や主張を踏み越えクロスオーバーさせていく繋がり、新しいバランス感覚というものを、今時代は早急に必要としているではないか。すべては人間的な個性であるとした、侮辱的にならない批判とともに差異を認めあうことのできる精神的なスタイルが芽生えていけば、立法的な拘束的な枠組みも、議論も不要になるはずなのにと口外して見ても、やはり空論でしかない。

私は本来、抑圧的な法管理には、どちらかといえば、否定寄りになるかもしれない。束縛は好みじゃない。これまでの立法化を促してきた持論との矛盾、乖離を感じるかもしれないが、人間精神にとって、抑圧は新たな歪みを排出し、その力を良識的にコントロールしようとするならば、精神的研磨が必須になると思っている。だから以前にも述べたとおり、あらかじめ負の要素から生み出されたエネルギーを流し込めるだけの器が無くては、それは困難だと思っている。総体的な視点から、社会的実態に対する現状緩和策として、西欧諸国などの取り組みに習い、緩やかな立法促進化を謳ってきたことを示せば、誤解も幾らかは中和されるはずだと思っている。

大切に想う、想ってきた人に触れるような、理想的空論の中から、時代は「HERO」を求めている。だから、人間的で新しいバランス感覚New Balanceを持った人たちが、世の中に息吹きの芽を伸ばしていって欲しいとも思う。混濁した時代に踏み出しているが、芽はコンクリートを突き破る。そのことを、帰宅途中の道端で想い、しばし感慨に慕っていた。


この日私はとても疲れていて、電車の中づり広告のコピーにさえ、自分への示唆を感じてしまう程の錯覚を催していた。やはり、休息も必要だ。しかし疲れているのは、この電車に揺られている人々も一緒。皆きっと疲れている。


16 March,2008 Ⓒwindyjuly
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