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Letter of wind―風の便り 〜


Letter of wind―風の便り
携帯電話の用途


風の便りが届いた。〜

私が現在までに陥ってきた精神的及び心理的苦痛、
また、かつて経験したことのない、
不自然な痛撃の発生といったものに対する対処を示したい。

これらの様々な迫害的苦痛は、社会に一切容認されることなく弾かれ、
むしろ、それら症状を公的機関などへ訴えることにより、
精神病質的な問題として扱われうること、すなわち、統合失調症、あるいは、
精神性人格障害としての疑いを持たれてしまう可能性が少なくない。
これらは、力学的な社会構造観点からも理解できる通り、
現状では成す術のない状態である。

私も当初、周囲で迫害的な挙動や嫌がらせに気付き始めたころは、
例えば投げ捨て入れられていた紙屑を目の当たりにして、
あれこれと原因を模索してきた日々があった。
すかさずそのタイミングで、
背後から大きな笑い声が届いてくるようなことが幾度も繰り返されたためか、
心理学的な予備知識がなければ、
すっかり負の心理的条件付けの形成化から、
パブロフの犬になってしまったかも知れない。
そのくらいの激しい頻度で、その繰り返しは記録されてきていた。


私の持つ携帯電話には、三つの用途がある。
一つには、電話。
二つには、メール。
そして三つ目に挙げるのが、「マイク」としての役割である。
これはレコーダー(camera含)としての付加用途を含んでいる。

自分の身の回りで起きてきた迫害的な人為的異変、というものに対して、
それらが精神病質的ではないことを、物理的に実証するだけの可能性を持った客観的な検証や測定を含めた記録、といったものがある場合、自分に否が無いことを示したいときのひとつの主張の形として、以上に挙げ連ねた用途法の活用も、心理的なストレスの排出的な拡散を兼ねたアピールとしての有効性を持っているのではないかと考えている。


移動中などにも、マナーが良いとはいえない方々を、
以前に比べて目にすることが多くなった。
唾やガムを道端に吐きつけていくという行為を目にすれば、不快であるし、
のどかな気分でいるところに、ジロジロと視線を泳がされれば、
それらが決して気持のよいことではないことが分かると思う。

そこで、そうした外部刺激に起因した不快さによって、
新たな着想が生まれてくることもしばしばある。
そういうとき、私はそのアイデアや、感情といったものを、
メールに書きこみ、まれに自分に送ってみたりすることもある。
それらが決して、監視層を意識した悪意的なものではないことを断わっておきたい。
あくまでも、自身の着想及び、感情に対する客観的な視点形成の促進化を目的とした、いわばアイデアである。
以上が二に示した、メールの活用である。

そして、一の電話はそのままの役割であるのでここでは省き、
三の、マイクとしての用途を紹介したいと思う。
私にもかつて、演劇的なものに憧れた時代があった。
そうした願望は今ではすっかり干からびてしまったが、
前述のような、ふとした憤りをきっかけにして、以前の記憶、
願望めいたものが表出してくることがしばしばある。
そういうとき、私は携帯をマイクにする。
そして、電話先の相手を想定して、自己内部で燃焼し始めた感情に対する、
出口を与えている。
またこうした行為には、一般者に対する視点への留意も含まれている。

携帯電話を直接頭部に近づけ会話することによって、
脳に吸収される有害電磁波が、
ガンなどの疾患を誘発するといった学術的な根拠も発表されてきている。
それではイヤホンで会話、となるのも問屋が卸さず、
逆にイヤホンがアンテナの役目を果たすという報告がある。
ある研究では、イヤホン使用による会話によって、
通常使用の約三倍ほどの有害性増強が認められている。
そしてそこから先を追っていくと、やはり、
研究的な議論はみごとに二分化されている。

通常使用の方が有害性が少ない、いや、イヤホン使用時の方が有害性が減少する、
そしてその逆もありきで、
いったい、これら真っ向から対極にある研究成果に対して、
一般人はどちらをとればいいのかが、わからない。
むしろ、その対極にある研究結果に対する、置かれた立場や背景を含めた、
双方を研究することも、今後重要になるかも知れない。
とにかく現時点での結論としては、なるべく使用時間を控える、
ということしかないのではないか。


このような経緯から、アンテナマイクを率先して使用していた時期もあったし、
また使用者をみかけることもあったが、やはりハンズフリーで歩きながら会話していると、電話しているようにみえず、一瞬通りすがりの人々の奇異な視線を惹いてしまうため、アンテナマイクを使用していても、やはり、携帯は手に持たったほうが不自然さがない、ということを実感してきた。
そうすることで、一般者の奇異な視線を回避することもできるし、演劇的なセリフや練習として内在し湧き上がってくる表現欲というものに対する昇華的側面もあると思っているし、または内的な突発発生的な心情を、メールやマイクを通して、自己確認することも可能になる。

これら合法的使用方法はもしかすれば、
周囲への極めて静かな拡声器としての存在的有効性も有しているのかもしれない。

このような携帯電話の用途を、自身の資質的特性にフィードバックさせた活用方法によって、着想の健忘録、客観視確認といったものや、自分の表現欲というものに出口をあたえるマイクとしての役割もあることを示すことができたように思う。

但し、これらはあくまでも持論であるため、もし参考にされる方がいたとすれば、
自己責任的な観点にも留意していただきたい。

8 March,2008 windyjuly
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