Dog in Flanders― Victim Nero | Social Stalking
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Dog in Flanders― Victim Nero

This borrowed the photo material and was produced. Thank you.
「Patrasche,You are tired. I am tired, too. It is very sleepy somehow…Patrasche」

「パトラッシュ、疲れただろう。ボクも疲れたんだ。
 なんだかとても眠いんだ…パトラッシュ、」

                 Dog in Flanders−from the final episode
                         フランダースの犬 最終話より


Victim Nero

幼少のころ観たあの物語を、最近再び目にした。
「限りなく他殺に近い衰弱死」。あれはどうみても自然死じゃないだろう。
あの話の激しい展開が、幼心には少々堪えたことを覚えている。
特に、拉げたチクリ男と、アロアのプチブルオヤジの剥き出しのエゴは醜い。
あまりにいたたまれなくなり、思わずブラウン管に怒鳴りつけ、親父に叩かれたことを思い出した。

彼らの連携的コミュニティハラスメントには、あいた口が塞がらない。
まさに現社会内部における、「相互監視社会体制」の弊害的側面を想起させる。
あの描写は利権構造のサナギ。
そして彼らは無慈悲なサタンのようにさえ見えてしまう。
ネロに仕掛けてくるパーソナル・アタックのえげつなさ、
現社会内部で密かに、標的にした者らをえげつなくいびり、
川に落ちた犬を蹴り飛ばすような、ネットワークストーキング行為指摘と類同する。
社会的な盲点から見過ごされ、咎められもせず、検証を交わし、
「被害妄想だ」などとはぐらかし、ほくそ笑む奴らの愚行を保護する構造と同一のものだ。

物語完結部の心情を揺さぶるものは、「彼ら」ハラスメンターたちの存在があってこそだが、
社会的利権享受者らによるパーソナルアタック(個人攻撃)や、監視密告、デマといった、エゴイスティックな奇行とともに、足元を見られ「口」を塞がれていく人々の様子が、この物語には描かれている。
嫌がらせと侮蔑で追い込まれ静かに命を消した、天使のような男児と忠犬に対する憐れみと同情。
その背景には、貧しくも人間的な優しさ持つお爺さんの存在がある。

これを現在やられている可能性を察知、あるいは検証する人々は、
このラストシーンで首を左右に振る。
同体験を知る苦しみと憐れみが、怒りの堤防を築き、涙を塞き止める、
あるいは、ほぼ完全に渇水している者もいるはず。


もしもネロの墓標に立ったとしたら、私は思わずこう語りかけてしまうに違いない。
「ネロ、どうしてあの金を拾った時、アロアと一緒に逃げなかったんだ。
それはあいつらの愚行に鉄槌を打ち付けることになりえたというのに。
脅迫だって、謝罪要求だって、何でもできたはずだ。
あれはチャンスだった、君はあの金で、絵すら描き続けることができたはず。
そんな考えが過ぎりもしない程、君は痛々しく純心だ。そして怒らない。

だけど、ネロがパトラッシュとともに横たわり、天高く昇華していくシーンに涙した人たちは、数時間後には、
もう君のことなど、すっかり忘れてしまっているんだ。
おそらく、『TV面白いのやってない、つまんない。あ〜おなか減ったよ』なんて。
だから、今だにやってるんだよ。君を静かに追い込んだあの陰湿な手口を、世界のあちこちで。
そう、モラルハラスメント。アイデンティティを破壊する、メンタリティ・サイコロジックハラスメント。
君の周囲がそうであったように、皆黙り込んでしまうのは、今も昔も変わっていない。
君を取り巻いていたあの村の人々と同じように、
物騒なことには巻き込まれたいと思う人はいない。一緒だ。」

気づけばそんな風に心情が、漏れだしているかもしれない。


それでも、あのネロが持ち続けていた、物語のみで生き続ける純真さとともに、
懐疑的な側面からの追究眼もまた、
いつまでもシラを切り続け、そしてはぐらかし続けるこの総体性には必要に思った。
そこが物語と現実との境界線になる。
嫌がらせと不快行為で人を侮蔑し続け、追い込み潰す手口が存在し、
そして、非公開技術的苦痛の誘発で身体をも斬りつけていく技術を含め、
静かに展開されているという声々に対する危機感。
そのことを咎める人たちがいつの時代も少なすぎるのは、暮らしがあるから。
あの物語は、事実を反映したフィクションであるからこそ、
現代社会で生きる人々へ未だ、頬を照らす。

ネロは中々見当たらないかもしれないが、
あの拉げたチクリ男のような老若男女なら、街のあちこちに隠れていることがわかる。
物語のように改心することのない、アロアのオヤジも同様に。
この事実が、同種の苦痛を知る方々には見えている。
陰湿に人々を殺傷する言葉と態度、モラルハラスメントの鋭利さを体感する人々には。


Ⓒwindyjuly

―冒頭の最終セリフの直前、犠牲者ネロはパトラッシュにこう語りかけていた。
「パトラッシュ、おまえ、ここを探して来てくれたんだね。ありがとう。
 わかったよ。おまえはいつまでもボクと一緒だ、そう言ってくれてるんだね」

―Victim Nero had been talking to Patrasche so immediately before that.
「Patrasche,You found this place. thank you.all right,
Together through all eternity you and me. It says so・・・」
・・・Ave Maria・・・

※The mistranslation might be included. Please read an insufficient part by your imagination.

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