Social Stalking
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Social Stalking INDEX―モラルハラスメントと潜在的社会問題 Spring〜2008 update

White spring bird ― call

His life is not bound with a transparent rope.

Developing personー開発途上者

「人間は生まれながらにして、不可侵の権利を持つ」
こうかつての賢者は言った。

人々はなぜ、人間を疎外されているのであろうか?
心身への苦痛に対して抱き始めるものは、被害意識の拡大ばかりではないか。
しかしそれを責め立てようなどとすることが、どうしてできようか。
むしろ、困窮的存在から目を反らしてしまう精神性に対して問いかけたい。
彼ら犠牲となる存在に対する、ひとつひとつのこころ、に目を向けてみてほしいと。
もしも彼ら犠牲となる者たちが、
あなたたちの大切な人であったとしたならば、
道端で、かつて愛した方々がうずくまっていたとしたなら、
あなたはその姿を、その背中を、どうみつめるというのか?

経済的発展は、人間社会全体の幸福のために、大切である。
しかし、その幸福の影に俯く人々の一人一人を、
一景色として受け流してしまってはならないのではないか。
理想主義的で、青さの残る主張であることは言われるまでもなく理解している。
しかし現代において、あまりにも理想そのものが欠落しているとは思えないか。
希望も夢も、期待感すら抱くことのできない暮らしが蔓延しているとは言えないか。
空の青さを共に眺めることは、それほど難しいことなのであろうか。
それが理想と現実という、人間社会を形成している、
本音と建前の中に息潜める、精神的荒廃の実情を示すことになりうるとはいえないか。
その影響を、社会と、人間と、そして自然全体に与えているとは言えないだろうか。
感じられないだろうか。

社会的幸福を生み出すための、いわば物理的材料となってしまっている存在は、
生命としての、人間としての、立場を疎外され、阻害され続けてきている。

そして苦痛で歪んだ日々を、日常的、恒常的に生きている人々にも問いかけたい。
あなたは被害者という立場に、うつむいてはいけないのではないか。
人間の中に眠る本能の力を、あなた自身を、もう一度感じとってほしい。
もしもあなたが、そうした想像力すら届かない場所にいるならば、
いつの日か目にしたこともあるだろう、アスファルトを突き破るあの、
小さな芽の中で膨張する響きに、耳を研ぎ澄まして欲しい。

そして言いたい。

人間は、発展途上者であるということを。
その謙虚さを、過去の犠牲を追悼する本質的意味において、
その実感の共有が、今こそ必要とされる時代がすでに訪れているのでないのだろうかと。
時代がノックしているのではないのかと。
点ではなく、線的存在である私たち一人一人が、
いつの日か、いや、いますぐにでも利害的環境を踏み越えて、
こころとこころの、符合とを紡ぎ合わせることができたのならば、
その空間の中で私たちは、あの小さな芽を踏みつぶしてしまわずに、
水を注ぐことができるのではないか。
そしてその水は、
私たちのこころの中にある泉から、湧き出ものではないか。

青き理想の空の下で、緑色の芽に、水色の泉、その滴を。
その景色を、すべてのこころに問いかけたい。

4 April,2008
windyjuly

Copyright(C) 2007-2008 windyjuly. All Rights Reserved.
Keep insisting by you.TI knows the fact.I keep insisting.





さくら―decoy
2008.03.29 Saturday




Sparta―透明な鞭から学ぶべきこと
2008.03.26 Wednesday



ご質問―いやがらせに困っています
2007.10.27 Saturday―2008.03.25 Tue Update



心理的虐待社会の蔓延と批判―社会的悪性サディズムを問う
2008.03.22 Saturday



レッテル― 社会的迫害
2008.03.17 Monday



Prose area
2008.02.09 Saturday―2008.03.23 Sunday Update


private note
2008.03.19 Wednesday


疲れ―新しいバランス感覚
2008.03.16 Sunday



Letter of wind―風の便り
2008.03.08 Saturday


Tree of sacrifice-犠牲の木
2008.03.07 Friday


あの日のオッサン―作用と反作用
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ストレス&コンプレックスコントロール
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Japanese Soul Musician―Yutaka Ozaki
2008.03.02 Sunday


善意の有力者に宛てた手紙
2008.02.29 Friday



Verification”Cointelpro”―情報保全隊と諜報ストーキング
2008.02.23 Saturday



MK ULTRA and COINTELPRO ―現代に巣食う、社会的いやがらせとの接点
2007.11.25 Sunday



White Rose―ナチスに咲いた白いバラ
2008.02.17 Sunday



構造的な矛盾―Structural contradiction
2008.01.01 Tuesday



People who shut its mouth― 口をつぐむ世相
2007.12.16 Sunday



Orchestra― 自己責任論の背景
2008.02.22 Friday



Propaganda―イメージ戦略との対比
2008.01.15 Tuesday


Okegawa stalking murder case―桶川ストーカー事件
2008.02.11 Monday



Camouflage color― 迷彩
2007.12.09 Sunday


Appeal at midnight―深夜の訴え
2007.11.03 Saturday

YouTube 「深夜の訴え」―Appeal at midnight
http://jp.youtube.com/watch?v=fxl9xRRWPRA


「警察官友の会だから、むこうへ行け」―ネットワークストーキングと防犯住民

2007.12.07 Friday
YouTube 「防犯住民と ― Do you know Gang Stalking? 」


Sound of the Siren ―誰にとっての安全と安心なのか?
2007.11.19 Monday



ジャーナリズム―journalism
2008.01.09 Wednesday―2008,02,19 Tuesday Update

YouTube「日本のモラルハラスメント―Moral Harassment of Japan」



精神的な殺傷―その体験的断片
2008.01.18 Friday



Malice ―意図的な悪意, 敵意, 相手を傷つけようとする精神性
2007.09.01 Saturday



What is the anchoring? ―アンカリングとは何か

2007.11.10 Saturday

YouTube 「Cointelpro? from Japan―アンカリングとは何か?」
http://jp.youtube.com/watch?v=OhIO0BuPGxM


現実感 ―Schema

2007.12.3 Monday



Wha't is this? ―不定愁訴と痛撃機器類
2007.11.18 Sunday



Chemtrail― 有害物質散布への問いかけ
2007.12.15 Saturday



サイレンと海Vol.2―耳を澄ませば
2008.02.17 Sunday




弱者のために―選挙戦
2008.02.11 Monday



Harassments NEWS Japan―ごみ投げ込みで逮捕
2007.11.11 Sunday



Hircine and sheep
2008.02.02 Saturday



Dog in Flanders― Victim Nero
2007.12.24 Monday



Conversation in front of home ― 「Has that died? Did you kill again?」
2007.10.30 Tuesday

YouTube 「騒がしい空」―The noisy sky
http://jp.youtube.com/watch?v=axNmDWWDUPA


Reply
2008.03.20 Sunday



Verification2―迫害妄想と迫害行為 Persecution delusion and persecution act
2007.10.05 Friday―2008,03,14 Friday Update



Flash in the sky― 空の閃光
2007.09.28 Friday



Don't worry―言葉と真意
2007.09.22 Saturday



Peeping and watch―のぞきと監視の差異
2007.09.08 Saturday



Verification1 Noise environment―騒音環境
2007.08.26 Sunday



Those who testify―証言する人々
2007.08.18 Saturday



Shadow that lurks in beautiful scenery
2007.08.12 Sunday



INDEX & モラル・ハラスメントの街から
2007.08.06 Monday



潜在的社会問題との接触と考察HP 14 March,2008 No.5 report update & Galley +
Social Harass―社会性モラル・ハラスメントの証言
http://www.socialstalking.net/
http://www51.tok2.com/home/windyjuly7thair/




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もし著作権侵害に該当する悪質なサイトを確認した場合、警告後、法的な措置をとります。これは、一部報告のある、偽装的サイトに対する予防のためです。

Making Glad! Look up!




―Wha't is the Moral Harassments?


さりげない言葉や態度、表情に悪意をしのばせ、
人の心に切り傷を刻み込んでいく。

陰湿で巧妙、そして残忍な手口、モラル・ハラスメント。
このとらえにくく、立証困難な不快行為を執拗に繰り返すことで、
無防備な相手の精神に揺さぶりをかけ、
動揺と心労、そしてひどい場合には自殺へと追い込んでいく。

いったいどのような人間が、このような陰湿行為を吐き出してくるのだろうか。
そして具体的に、どのような方法をとってくるのだろうか。
また、どのような性格の人間が、標的にされやすいのか―

           マリー・フランス・イルゴイエンヌ(フランス 精神科医)著
           「モラル・ハラスメント」より 

morahara



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Shadow that lurks in beautiful scenery
kaigan

美しい景色の中に潜む影。
裏と表、

静かな街の中に潜む影。
自己利益のためなら、他人を不快にさせてもいい。
取り繕う笑顔の陰に見え隠れするハラスメントが、

さわやかな景色の中に隠れていて、捉えにくい問題が、
この街、この国の中にある。

(9/25更新)
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Those who testify―証言する人々


ある日、自分の身の回りで起きてきた異変に気づく。
玄関の出入りに合わせ、自宅の電話を数回鳴らされたり、
まるで心当たりのない葬儀社から突然、間違いファックスが送られてきたり、
心当たりのないままに、そうした現象が繰り返されていった。

身辺の異変を目の当たりにした者たちならば、誰でもそうするように、
私自身も例外なく情報を集めていったが、原因はさっぱりつかめなかった。

この情報収集の過程で知ったのは、巷で囁かれている「組織構成型のハラスメント」の実態だった。
それを証言する者たちと、あからさまに罵るように否定する者たちの記録の他に、
政府関連団体シンポジウムで発表されている、組織型犯罪実態の告発論文も存在していたことから、これらが単なる噂話でないことを理解した経緯がある。

そして驚いたことは、彼らの証言内容と、自身の状況とが少なからず一致していることだった。
ただ、これら証言内容の一部には、特定・不特定者らによる嫌がらせの告発以外に、
信じがたい内容も混在していたこともあって、その確信までには至らなかった。
「そういう可能性もある」との受け止め方であった。

偶然を装った、生理的に人が不快に思うであろう行為や現象が徐々に、自身の暮らしを蝕んでいった。
明らかに嫌がらせだとわかる行為もあるが、そのほとんどは「さりげなく」行われているようだった。
そして、彼ら挙動不審な者たちの行為は、刑事罰の対象外であった。
それは、現行「ストーカー規制法」では、男女間の恋愛の抉れを前提にしているものだからだ。(東京都では、この問題に接触する条例が制定されてはいるが・・・)

言い換えれば、「組織構成型のつきまといや嫌がらせ行為」といったものは、
社会的に裁かれない、とうことを意味する。
つまり、組織構成型の嫌がらせは、社会的に存在してはいない、という見解が、一般論になる。

私はこれらの身辺異変察知者たちの証言を、妄想的であるとする社会的指摘に対して、
歴史的な視点と、技術的な観点、そして「犯罪性」の検証といったものが、
なぜないがしろにされ続けているのかという点において、不審感が募っていった。

盗聴されていると証言する者たちを、妄想者だとする側がいる一方で、盗聴無線器、盗撮機はマーケットに溢れ、
つきまとわれているとする証言者たちの内容を、歴史的観点から捉えてみれば、
「迫害行為」としての、侮蔑、侮辱行為といった接点とをうかがい知ることができる。

すなわち、証言内容を人為的に再現することのできるインフラが現存している、ということが読み取れる。


一向に公にならない、水面下でうごめくサイレント・テロ―その可能性。
やがて私のもとにも、不意に「信じがたい証言内容」を知らしめる現象が起きてしまった。

2006年11月。突然、心臓に強い痺れが発生し、呼吸が乱れ、床に倒れた。
自宅周囲が、どこかの子供たちの騒ぎ声が響いていたことを覚えている。

その数日前、自室が揺れ、音圧でもかけられているかのように、
身体中が細かに振動し始め、低周波振動のような状態が発生した。
揺れは地震ではなかったことを確認した。

この場所に移り住んでからは、高熱が出たと思えば翌朝には何でもなくなったり、
不自然な鋭痛や鈍痛、かゆみといった現象も多々体験してきたが、
明らかに言えることは、この前後で「嫌がらせ」が起き続けていた、ということである。
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電磁波問題や添加物食品問題、環境問題などといった社会的問題意識を持ち続ける、
舩瀬俊介氏の著作のひとつ、
「続 だからせっけんを使う 三一書房」に、パラパラと目を通していたときだった。

p106-107「黒いペンタゴン」
そこには、「政官業情学」という癒着構造が図式化されていた。

私の身の回りで起き続ける生理的な現象を含めた持続的異変。
Those who testify、証言する人々との接点―。
                                Ⓒwindyjuly
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Verification1 Noise environment―騒音環境
448x336

私の居住地区周辺では、宅地開発による新築、増改築工事が多い。
住宅街の細い通りにもかかわらず、自宅前を工事車両が頻繁に往来していた時期もあった。

私がこの地に転入するタイミングで、
「防衛省(旧防衛庁)」から、防音無償工事の案内書類が投かんされていた。
横須賀―厚木基地間を飛交う戦闘機や軍機等の飛行航路が変更になり、
現在も近隣一帯で、無償防音工事が行われている。

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身辺環境の異変を察知された方々の証言内容に共通する現象として、

・心理的異変
・環境的異変

といったものがある。
またそれらに加え、生理的異変などの自覚症状が付随した証言もある。


各証言者のHPやblogなどの証言内容で一致しているものは、

・嫌がらせ、侮辱などに該当する行為を、
 特定・不特定多数者らから散見したとする過程
・周囲での執拗な反復、意図的とも受け止めることのできる侮蔑的行為の集中的散見に
 よって、それまで何でもなかったありきたりな現象に対し、
 ネガティブな意識づけを誘発された、とする証言内容

上記のいずれも、
「身辺異常に対する認識は、人為的な侮蔑行為により生じてしまった」
とする証言になる。


この自己認識を、「被害」であるとする証言内容に対しては、
以下の複数視点で検証することができる。

\鎖隻騨的視点―
 証言内容は、ありきたりな現象に対する、過剰な被害意識の視点が作用している。
 ゆえに、「被害妄想」的な人物の証言である。

悪意人為性の視点―
 証言内容にある、ありきたりな現象に対する強い被害意識は、反復的な継続によっ
 て、心理的作用を刷り込んでいき、誘発させることができる。

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,蓮∪鎖静な問題であるとする、現時点までの社会的なとらえかた。
そして△蓮⊃邑⊃害領域への指摘。

この△了訶世排他的な状況は、証言にあるような非人道的行為が、
構造的存在によって密かに行われているはずがない、
という社会通念が支配的に蔓延しているため、
現時点までで実害自覚のない一般人への危機意識が、
収縮している現状を背景として、形成されているものではないかと考えている。

証言者の内容は精神的な問題であるとし、精神科医師らによる権威的な診断は、
弾圧的な悪意だとする指摘を、その可能性の根本から排除してしまう形になっている。


それでは、△鮠斂世垢襪燭瓩防要な、
集合的な悪意犯罪性を追求できるだけの立証と根拠はあるのか?

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△領場から、自身の身辺異変現象をとらえてみてもわかるが、
多くの場合、悪意を証明しようとする「物理的なscene」は、
悪意立証が困難な状況であるケースが多い。
それは、証言者たちを追い込む手口が、
「モラル・ハラスメント」などの、立証が容易ではなく、
社会的に取り締まることのできない、
精神的領域で展開されている可能性が強いからではないかと、考えている。
それは、学校内部でのいじめ自殺問題とも接触しうる。
 
つまり、ありきたりな現象に対する、
ネガティブな記憶の想起を刷り込まれた者の目線と、
条件付け、刷り込みがなされてはいない多くの一般人とでは、
その受け止め方や視点に大きな差異、
まるでその反応が違ってしまうということである。
だから、実害を受けている可能性を察知した人々以外は動かないし、その必要がない。

古文を借りて例えて言えば、必ずベルを鳴らしてから食事をとらせる犬は、
ベルを聞くだけで唾液を垂らすようになる。

多くの証言者たちの内容から、この特性を悪用した場合における心身的作用を読み取ることができるのは、心理学領域の研究者ならずとも、理解できると考える。

すなわち、日常的な環境の中で鳴り続けるベル(騒音の類)に悪意を忍ばせることで、
対象者への不快感助長を誘う。
指摘をはぐらかせるレベルで、日常的な現象を他意的な意識でとらえさせる。
そのように、なにもかも意識せざるを得ない心労的環境を構築し続けることで、
対象者への不快な心理的反応の誘発形成を目論みつつ、
結果として金を得ているとする、
一般的な常識観だけでは測り知ることのできない「利権構造的存在」が在る、
とのことから、現在、インターネット上でも様々に、
そして断片的に指摘されているのではないだろうか。


自宅上空の轟音は、工事騒音を飲み込み、潮騒を搔き消していく。

                        Ⓒwindyjuly


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Malice ―意図的な悪意, 敵意, 相手を傷つけようとする精神性



身辺異変を自覚した方々の証言を、
Webサイトなどから間接的に、そして直接的に触れたとき、
誰でも少なからず体験するだろう、一部人々の悪意、というものを思い返していた。

「モラル・ハラスメント」という、人の性質に無自覚なまま過ごしていたころ、
同種行為の受け止め方に悩んできた記憶がある。

自身にとって不快な言動や挙動を、知人や同僚などからさりげなくとられている、
と察知したとき、徐々に妙な苦味を感じるようになっていった、
心理状態の成り行きを覚えている。

この街で続くハラスメントと同様、一見すると悪意は見えない。
しかし言葉と態度には、「含み」が見え隠れしている。
あの頃、深夜残業続きで少しでも早く帰りたいと、
コピー機に両手をつき、排出を待つわずかに息を吐くその瞬間、
背後からふと、ニヤツキ声をかけてくるような存在が持続的につきまとう。

「嫌味」といった、軽易なものともまた別の響きを感じる。
表面化しないまでも、微細な違和感を察知する能力は、
誰でも持ち得ているだろう。
例えば笑顔一つとってみても、人に嫌悪感を与える笑顔、というものもある。

「悪意」というほど露骨なものでもないので、
いちいち気にしているほうが、神経質に思えてくる。
だからたいていの場合、そのような態度をとられた者の方が、
「気にし過ぎ」だとして、受け流してしまうことが少なくない。
それに不快な態度を指摘したところで、真意はぐらかされることになる。

それでも内面には、言い知れぬ不快感がまとわりついて、
離れなくなっていく場合もある。
忙しかったり、何かそれとは別の心配事が内在していたりして、
周辺環境すらも、揃って追い打ちをかけてくる。
その連続性が、身辺を囲い込んでいく。
そしてそれは出口を見失い、日々膨張していく―

こうして人は内心に、
「追い詰められた感覚」という息苦しさを形成していく。


学校内部でのいじめから自殺に追い込まれていった、
あどけなく従順な子供たちが、教室から徐々に姿を消していけば、
社会という教室内には、「自称強者」たちばかりが生き残ることになる。


寝たきりのおばあさんから、電動ベットを取り上げてしまう社会性を知ったのは、
昨年の暮れ、北海道新聞サイトの記事を目の当たりにしてのことだったが、
こんな状況を放任している、あるいは誘導する者たちが、「強者」なのか。

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フランス精神科医、マリー=フランス・イルゴイエンヌ氏の著作、
「モラル・ハラスメント」のページをめくると、

精神的な嫌がらせ、という比較的軽易な受け止め方ができるこの言葉の現実に、
精神的暴行、虐待、といった残虐性、
対象者の精神状態を強く追い詰めていこうとする強い意味が、
本質的に示されていることが理解できる。


追い詰められていった精神は、
その苦痛と怒りを他者に向けようとしたときに、
「法」でがんじがらめになっている「境界線」を目の当たりにする。
良心の踏み越えをその度自制する人々は、身動きできなくなっていく。
そして肥大したそれは次第に、虚しさへと収束し、
程なく自身への存在自体に、刃先を変えていく―

精神が実在を追い込む。


弱肉強食を引き合いに出したとしても、
やはりそれでも「人間」、だとしたら、
本能的な欲求充足や、見境のない敵視感だけではなく、
理性という配慮、

こんなものが自身を含め、わずかでも全体的に膨らんでいけば、
だいぶ違った人生模様が、各人へと広がっていくような気がする。

理想だろう、が。


これまでには経験したことのない陰湿めいた不快な出来事が起きてきて、
その非日常的な現象を日々見据え、対峙しているうちに、
異常だったはずの出来事が、
その自覚者たちにはルーティンになっていく。


この街の "Malice Harassments" 現象の中で過ごしていると、
その意味が、痛切に理解できる。

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それでもやはり、はっきりといえることは、
それら侮蔑的行為や言動の散乱する環境に対して対峙、順応、適応していくことが、
生き死にを踏み越した存在感を持つものだと考える。

「強く」なんて意固地な精神性じゃなく、
慣性的なエネルギーでぶつかっていけばいいのだと思う。
                          Ⓒwindyjuly

(12Nov 2007 一部加筆)

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Peeping and watch―のぞきと監視の差異



ありきたりな環境の中に散らばる異変、気づき。
特にその人為性悪意を察知した証言者たちの声々には、
「盗聴」「盗撮」行為といった疑念なども含まれている。
それら猜疑心の形成は多くの場合、
特定、不特定者らによる「ほのめかし」や侮蔑行為をうけてきて―
とする証言をよく目にしてきた。

自身のプライバシー、個人情報、プライベートに接触し、
ほのめかされるその内容は、そのタイミングの際どさとも相まって、
「のぞかれている」とした意識とその不快な自覚が表出してくる心理的過程がある。

この種の話題では、
関連妄想性との指摘を揶揄される状況を少なからず目にしてきたが、
マーケットにおける盗聴機材や、盗撮機器類、
また、積極的に一般公開されていない技術、
そして盗聴法といった干渉過多な、社会精神的実情を伺い知れば、
その揶揄する者の真意を推察できる。

私自身も以前、モラル・ハラスメントタウンを歩行中、
ちっちゃな女の子が走り寄ってきて、
自身の食事内容に触れる内容とともに、「バカ」と言い放たれ、
唖然としたことがあった。
それでも気のせいかもしれないと受け流そうとした際、
「ママー、言ってきたよ」との言葉に振り返った。
車二台分ほどの距離を置いた後方に立つ母親らしき人物に向かって、
あどけなく伝える声が、いくらか控えめだった潮騒と共に耳に届いた。
女性はばつの悪そうな表情を浮かべつつ、
なぜか目のあった私に軽く会釈をした、そんな記憶と記録が残っている。

こんな些細な出来事とも相まって、
普段は考えもしないし興味もないテーマをあえて引っ張り上げた。
のぞきと監視という言葉の実態、つまり、
のぞく側とのぞかれる側、そして、
監視する側と、それを受ける側の言葉の使い分け、
両者による認識の差異について、手短に考えていく。

のぞきと監視の違いを考えたときに、
「防犯監視カメラ」を例にとればわかりやすくなる。
生活安全条例推進的背景、公道上のオービス。
巷に溢れる「防犯カメラ」は、そのカメラたる性質から、
「覗き行為にも転用可能」だとは、思っていても公言する者は多くない。
「監視カメラ」「防犯カメラ」として設置されている無機質な機器類は、
ことの本質を見誤っていく総社会的実態につながっていく。
そんな実情は、実態を反転化した名称にすら、みごとに映し出されている。

これに限らず、人はどんなことでも歪曲し、
利己的に歪めた解釈をしようとする傾向と、その性質を保有している。
だから人々はそんな性質を自覚的、無自覚的に留意し、
「理性」で適時対応していくことで、自己を健全に保とうとする自制心が機能する。
しかしながら、そうふるまう必要のない生活者も、
集合的に存在していると耳にしてきた。

彼らの自制心なき欲求行為はもっぱら、
「耳馴染みの良い言葉や名称化」によって、表面を着飾り偽装するとされる。
また、その偽装行為者自身が、自らの偽装行為を他者へなすりつけ、
その矛先を振り交わす、などというような、
人間の精神的性質には、そんなえげつなく利己的な悪意すらもあり、
否行為者にとってこれ程手を焼く気性はない。
まさに、ここでもモラル・ハラスメント気質者との一致を見てとれる。

監視とされる行為を合法的に行える社会的な集合隊の存在については、
改めて言及するまでもないが、その構造が、
上記のような歪曲利己的性質をもった人物らの集合体であるとする、
複数証言を基に仮定してみた場合、
証言者たちが発信する内容との接点を、より強固にすることが見て取れる。

生活をのぞき見られてしまうような、
そんな状況下に置かれて暮らしていると自覚する方々には、
それら行為はどう見ても「覗き行為」としか解釈できない。
一方で、それはのぞきではなく監視であるとして、
組織内及び自己内心面においてのみそう強気に言い張る、
権力的な見識を展開する者たちがいる、とする見方もある。

つまり、その立場、利害環境の違いによって、
同種行為が監視にもなり覗きにもなるという、
置かれた立場による違いが、そのまま利己的な認識として正当化、
あるいは防護的な認知として在るに過ぎないことがわかる。
従って、双方が相容れることはない。

一般的な社会通念に基づき、
個々の複数証言者の声とともにその立場立場を俯瞰してみても、
「監視」なる行為にさらされる理由は見当たらない、一般人たちばかりが証言を続ける実態からは、何が読み取れるのか?
そして現実にあるのは、それら実感者をメンタルな観点のみから、
執拗に固執し応対し続ける現社会。

監視行為としての暮らしや頭覗き実態というものは、
果たしてこの国の中に蔓延しているのだろうか?

「ママー、言ってきたよ」というものを含めて。

                     Ⓒwindyjuly 

(12Nov 2007 一部加筆)
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HP UPのお知らせ
このブログに目を通してくださり、
ありがとうございます。

本日付けで、
「Social Harass―社会性モラル・ハラスメントの証言」とした、
HPをUP致しました。

http://www51.tok2.com/home/windyjuly7thair/
http://socihara.suiheisen.net/

身辺異変を自覚する方々の置かれている状況は、個々に異なり、
またその異変の受け止め方も、その立場により様々ですが、
それでもその共通する苦境から思うことを、
全体的な問題意識を膨らます動きにしていければと考えています。

もしご参考になる部分がわずかでもあれば、幸いです。

                           windyjuly
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Don't worry―言葉と真意

Dec 2006 14:45:30

(9/23更新)

リチャード・コシミズ氏をご存じだろうか?
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/newversion/dokuritu.htm

サイトや書籍にもあるとおり、同時多発テロの矛盾点に対する先駆けた指摘、
程なく日本が辿らざるを得えない状況、
そしてアジア周辺領域に鬱積する諸問題などを、
誰が見ても非常にわかりやすい形で提唱し、
マスメディア発の情報のみでは持ち得にくい、
総体的な問題意識を投げかけ続けているジャーナリスト。


先日、青山での講演会に出向き、
その後の懇親を兼ねた飲み会でも、
リチャード氏をはじめとする問題意識を持ち集う方々は、
そのディープな問題提起とは相反した、
気さくでユーモアさを兼ね備えた人が多く映った。


リチャード氏が指摘する問題の性質から、
ご自身が受けた圧力的嫌がらせ行為にも一部、サイト上で触れていた。
話を伺ってみても、自転車への嫌がらせやその他、
少なからずやられてきたよ、とのことだった。

私自身の周囲で起きる嫌がらせ状況を耳にしたリチャードさんは、
その際、「あまり気にしないようにな」と話を続け、アドバイスしてくれた。


この言葉を耳にしたとき、ふと頭をかすめていったシーンがある。
それは、「気にしない方がいいわよ」と、言葉は同じでも、
リチャードさんの発するニュアンスとは異なる「助言」を、
以前、加害疑惑者当人より受けたことがあったからだった。


この「気にしないように」という言葉は、
そのニュアンスによって、色々な受け留めようがある。


嫌がらせをされた側が、それらハラスメントを「気にしないように」と、
無視することで、精神の均衡を保とうとした場合、
嫌がらせを仕掛ける者は、証拠を捕ろうとする態度が見えないからと、
図々しさに益々拍車をかけ、
警戒感なく嫌がらせができるようになっていくと、推測できる。

しかし楽にはできても、無視されることは面白くなく、その反応を受け取れずといった、
加害心中を読み取ることは、そう難しいことではない。
また、ハラスに対する無視という態度が、ストーカー気質者の資質上、
行為を更にエスカレートさせていく、といった側面からも推察できる。
嫌がらせを仕掛けてくる気質者は、
おそらく、その反応が欲しいだろうということは、察しがつく。

これらのことから、嫌がらせを受ける側がそれらを無視したところで、
必ずしもハラスメントに対する防御壁には成りえなく、
その助長すらも促してしまいかねない、
悪化してしまった状況も、同時に考えることができる。

「反応が無いと、飽きてきてそのうち止めるよ」という受けようにも一理あるが、
ハラス行為者のその資質を今一度勘案してみれば、
反応見たさに、返って嫌がらせを助長させていく、
とした観点にも留意する必要がある。

“精神的な嫌がらせ気質を強く持つ者にとって、無防備な相手ほど、やりやすいものはない―”
そんな指摘は、例のモラ・ハラ、マリー氏著作内他、いくつも目にすることができる。
この点は、学校内部での「いじめ自殺」問題などとも類似接触していくと思っている。

また、受け流しの柳に風、といった心境に至るには、
様々に降りかかるであろう精神的威圧行為を受け流しかつ、
そのフラストレーションのやり場を見出していく、などといった過程の末に、
開拓できうる心情であるとも思う。
個人差も、耐性もあるため、「無視」が必ずしも有効に作用しないケースも、
多々あることがみえてくる。


だから、嫌がらせ行為というものに生活を翻弄され、
心情をかき乱されうる状況に遭遇していたとしても、
自分がやる必要のあることを見失い、
そこから脱線してしまわないように―


そうした意味で、「Don't worry」という言葉を改めて受け止め直し、
自分自身の全般を、もう一度見つめなおすきっかけとしたい。


同じ言葉であっても、それを口にする人によって、全くその真意の照度が異なる。
今回、そのことを言いたかった。

(リチャードさんの「気にするなよ」、という言葉には、気さくな笑みがありました。)


                                      Ⓒwindyjuly


ps.
後日リチャードさんから、もうひとつ、アドバイスをいただきました。
「あまり、思いつめず、冷静に周りを見ること。
焦燥に陥ると、相手の思う壺。パニックに嵌まると相手は大喜び」
                          
               
 
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Flash in the sky― 空の閃光

Dec 2006 ‏‎14:33:42


「世の中には平凡な人間と、非凡な人間の二種類がいる。
非凡な人間は、凡人の道徳など無視してもいい― ラスコーリニコフ」
            
          罪と罰より Fyodor Dostoyevsky―Crime and punishment 
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Verification2―迫害妄想と迫害行為 Persecution delusion and persecution act

※HPレポート公開終了―Sunday16 March,2008〆

検証―Video Capture slide report−1
神奈川県湘南在住者に対する監視迫害行為
「The Social Stalking Scene」
reported by windyjuly



だれでもそうであるように、こんなものを編集したくはなかった。

これまで特定近隣者からの迷惑行為の公表は最低限に抑えてきた。表面上、面と向かって交わす態度の中には、悪意的な印象はないので、彼らが行ってくる実際のハラスメント行為と、世間体的に取り繕ってくる態度とのギャップが、実害の背景を示し、浮き彫りにしているとも感じている。

いずれの場合も、精神的な嫌がらせ行為は、不快感指摘を、常にはぐらかすことのできる距離感が保たれていることが、これまでに計測されてきた嫌がらせの痕跡からも窺うことができる。これは、標的となった個人による実害の立証化を困難にし、精神的な問題であるとの世論構成化も目論んでいると思われる。標的個人の心理的ダメージの蓄積のみが誘発されていく、陰湿なハラスメント行為の集合的形態であるとした推察も、今日においては固定的にとらえうることができるように思う。

一度後方へ置き換えた実害の公表を、再度前列に戻さなければならない周辺背景変化の確認から、改めて実害を示していかなければならない立場であることを、痛切に実感している。それは半ば、脅迫的で威圧的に、個人の自由精神を束縛しようとする、サディスティックsadisticな抑圧の可変であると、置き換えることもできる心境下にある。


周囲へ配慮して暮らしてきた本来温厚な人間である私に対する、こうした迷惑行為を受け続けてみてはじめて、これら精神的ハラスメントの殺傷性に気づくことができる。官民大小問わずの組織及びグループ内でも、モビングとして知られる精神的な威圧や、嫌がらせ行為に打ちのめされ、笑顔の下では人知れず胸中に苦痛を感じている方々も少なくない。

こうしたストレスの蓄積は、その場しのぎでは、とても拭い去ることができない。個人的な精神的資質の強弱のみの排他的な視点、論点のみの議論では、社会における精神的秩序はいつまでも、個々人に背を向けたままになってしまう。立法的な対策化を置くことにより、人間の悪意的な気質の強度を、社会的にチューニングするための枠組みを図らなければならないと改めて主張したい。自殺者の量産背景にもこうした整備不良の芽が隠れているはずである。

これらモビングと同性質である、集団的構造による、個人に対する精神的なハラスメント行為は、実害知る方々による、有益な提供情報からも、これらの実態陽性を示す要素を理解できる。あちこちで指摘がなされている、実害と接触する該当研究予算枠などの資金的背景は、生活者個々人の苦境を反映する鏡のようでもある。しかし社会的な実証化にとっては、専門的権威や研究による裏付けと立法整備が必須である。政治的構成が見て見ぬ振りをする以上は、私たち善良な生活者はまず、こうした点にも視線を当てていかなけらばならないと、心身的な苦痛に晒されながら、今一度実感を強めている。

こうした集団的な迫害行為を取り締まる法律は存在せず、EU各国のような立法整備や議論もされていない。かつて「人の命がたやすく弄ばれている」と、歌ったMusisianがいたが、まさにこうした実態の一面を示す、含みを持った表現ではないかとも感じている。

このように陰湿な精神的嫌がらせ行為、指摘すればはぐらかされ、悪意的な紛らわしい挙動=モラル・ハラスメント等による,長期継続的な嫌がらせの実態を、訳知らぬ良心的な人々へ伝えなければならない。なぜなら、このハラスメントの標的になるのは、多くの場合、良識的な一個人であるという報告が、精神科医によって示されているからだ。

そしてここでは触れていないが、こうした状況に陥っている人々の受ける実害風景が、実は精神的な侵害だけではないという具体的事実を示す根拠が、様々な人々による、様々な検証によって見え始めてきている、ということを付け加えておきたい。

検証―Video Capture slide repored by windyjuly
March,2008

Copyright(C) 2007-2008 windyjuly. All Rights Reserved.



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図2 実験システムのアンテナによる探索領域 / 写真1 実験システムの写真
図2のようにミリ波受信発信装置の発信ホーンアンテナから電波を発信し,人のモデルにあてて反射してきた波を受信ホーンアンテナで受信し,オシロスコープで波形の確認を行う.実験では対象となる物体を一定の周期で動く物体を対象として行う.
3.1.1 Ultra Wideband(UWB)による人体センシング 湘南工科大学 秋山いわき教授レポートより
www.rescuesystem.org/ddt/ H14-report/web/3_1_1sit_akiyama.pdf




Persecution delusion and persecution act ―迫害妄想と迫害行為

■迫害妄想 Persecution delusion
周囲者の些細な言動等から、財産や生命を脅かされているといった感覚を、
精神医学の見地から診断した場合、迫害的妄想者として扱われうる。

■迫害 Persecution
社会的優位な立場にある者が多数にたのみ、非有力者の生存権や信仰の自由などを脅かすこと。

歴史的には、東ドイツ秘密警察・諜報機関である国家保安省(Mfs)の「シュタージ」がある。東ドイツ国民を威嚇的監視下に置き、西ドイツにはスパイを送る、といった活動実態から、両国民を震い上がらせていた。


身辺周囲で異変が生じていたとしても、それに気づかなければ暮らしに支障は無く、
通常生活を営んでいける。
潜在的な社会問題としてあるはずの、一般認識を分け隔てているものは、
この「気づき」にある。
大抵この気づきは、気のせい、気にし過ぎ、神経質などといった個人差特性気質として、受け流していく範疇にあるものだが、この自衛心希薄で無警戒な一意識が、
ネガティブな現状作用をもたらす結果になっていると思っている。

上記にあげた、迫害妄想の定義を今一度見直せば、
精神医学的見地に対する「一般的盲点」に気づきはしないか。
それは、「迫害行為」証言の一切を排除している点である。
同時にこれは、「迫害」という行為そのものが「存在しない」とした前提がなければ、
成立しえないことも意味している。

隣人トラブル談などを含めた周囲異変証言を、ここに差し込んでみると、
そのほとんどの「自覚証言」は、「些細なできごと」から派生していった心的状況であることがわかる。
気掛かりな兆候を察知していった過程から生じる自覚を根拠とするも、
「些細かつ、意識することで他意的側面性を見抜ける現象性質」ゆえ、
確証が得られにくいことであるのは今更ながら。

問題は、これら気掛かりな自覚というものが、例外なく迫害妄想的な定義に収まってしまい、「診断」が、「気掛かりな自覚」を「症状」にすり替えてしまっている、という大局的現況にある。
無論、この精神医学的領域に、社会犯罪的な観点からの検証が、専門外的に欠落していることは、言うに及ばずだが、その留意は強固に必須だと考える。

「周囲者の些細な言動等から生じた感覚」が、迫害妄想だとするならば、
「周囲者の些細な言動等」から、狙った人物にいやがらせ行為をさりげなく繰り返すとされる、モラル・ハラスメント気質者や、それらの集団的行為の実態は、
それこそ、その思惑の一致から、複数人構成でこれらを行えば、
学校の集団いじめという、未熟な迫害意識としても、無理なく推察できるのではないだろうか。
それらの発展が迫害行為であるとすれば、多くの証言一致をみても在るように、
合法的生活者、という立場を問わない犠牲者が露呈するに至る。


精神医学的な解釈を誘うとき、この点を再度、強く留意してもらいたいと思っている。
つまり、異変自覚証言に対する事実関係の調査不備による「誤診」、
あるいは、どこからどこまでを「妄想」とするのか、調べてみても、
その専門的定義が、一般からするとあいまいな気がしてならない。

条件付け行為から不快さを誘発され、
極めて日常的な現象に対する不信感自覚を認識したその心理的経緯とともに、
周辺事情を軽視し、それらを妄想としてのみ取り込んでしまうような、
ハラスメント気質と実態から乖離した線引き、定義づけにおいては、
「怪獣に狙われている」という発言と、
「複数人からいやがらせを受けている可能性がある」とする違和感を、
一緒くたにしてしまう脆弱性もつきまとうと考える。
苦悩者の水増しのようなこの状況の非改善性と放置に対して、広義での配慮を求めたい。


「知識もあって立場ある人にも関わらず、理解できないはずはないのに、この種の話になると、身を引いてしまう―」
ベンジャミン・フルフォード氏、先の講演会での言葉を思い返す。
理解できないのではなく、目を反らしたい心境の一端ではないだろうか。

この国でも、密かにシュタージが、と勘ぐってしまう国民が、
今後益々氾濫していったとき、妄想側面からのみ受け流されていかないことを想う。

                              Ⓒwindyjuly

(12Nov 2007 一部加筆)


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✔Psychology one-point memo
動物好きの幼い子供に対し、子供が動物に近づくたび大きなドラの音で脅かしていく。
これを五回ほど繰り返すと、子供は動物に近づかなくなる。
                               米国心理学者ワトソン

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